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ショートショート「三角座の手紙」
今年も12月になると、二階の窓を開け、僕は毎晩決まって三角座を探す。一年に一度、三角座が南中する頃、文通相手の彼女から手紙が届くからだ。
三角座は一粒の大きな星と小さな二粒の星の二等辺三角形をずっと飽きずに空に創っている。
僕と彼女の文通は今年で十年になる。
文通が始まったのは僕が八歳の時。こうして窓から星座観測をしていると、庭先に空から降る流れ星の尾の様な糸に括り付けられた手紙を見つけた時から。
白い便箋に赤いリボンの手紙。
僕は丁寧にその手紙を受け取ると中身を確認した。
丸く小さな字で書かれた手紙は、受け取った誰かに対して文通をしたい旨の内容だった。
僕は急いで部屋に戻り、小学生の僕では分からない漢字があったから、漢字辞書で調べながら手紙を読んだ。そして、僕の事と文通をしたい事を手紙に認め、星の糸に括り付けると空に放った。
そして、次の年の12月。三角座が返事を運んで来てくれた。
去年と同じ白い便箋に赤いリボン。
手紙を開くと僕が小学生って事を勘付いてくれたのか、僕の読める優しい漢字と優しい言葉が綴ってあった。嬉しい。宜しくね。その言葉に顔が綻んだ事を覚えている。
だから、僕は漢字辞書で難しい漢字を調べ彼女が読みやすい様にゆっくり綺麗な文字で返事を書いた。
そして、毎年12月になると、僕は三角座を探し、彼女からの手紙を待った。
中学生になり、もしかしたら今年は来ないかもしれないと考えてしまう事もあった。
でも、12月になると決まって三角座は手紙を運んで来てくれる。
私は毎晩、君からの返事を待っているんだよ。届かなかったら、どうしよう。星の糸が夜の闇に消えてしまったらどうしよう。って不安に胸が押し潰されそうな頃、君の手紙は決まって届くの。
そう、認められた手紙は、僕の不安を吹き飛ばしてくれる。彼女も僕と同じ気持ちだから。
12月になると三角座を眺めているよ。僕の気持ちも君と同じさ。
僕は嘘偽りの無い言葉を手紙に認めた。
三角座はね、少し大きな星が一つと小さな星が二つで作られているだって。なら、私達は小さな星二つの方なのかもしれないなって最近ずっと考えているんだよ。
僕は高校生になっていた。真剣に恋もしていた。
でも、三角座の彼女との嘘偽りない手紙は続いた。
だから、僕も嘘偽りなく返事を書いた。
でも、僕らの一年に一度の文通は別の世界にあったのかもしれない。
二階から観る三角座の小さな二つの星。
星と星を結ぶと小指の先から第一関節の長さ。
でも、実際、お互いはすごく遠い場所にあって、その距離を不確定な何かで埋められていた。12月の夜空はそんな事を考えさせられた。
そして、僕は18歳になり、こうして、12月の南中する三角座を眺めている。
今年も星の糸に括り付けられた、白い便箋に赤いリボンの手紙。
開くと、文字はあの頃よりも随分と大人びていた。でも、手紙の出だしで距離を感じた。二等辺三角形の三角座。僕らはこれまで、短い辺で結ばれていると思った。
でも、どうやら、僕らは、いつの間にか遠い辺同士で結ばれていた。
来年。私。結婚します。
そこには、それでも、とか、だとしても、っとか、僕と三角座の文通を続けたいって結びの言葉は無かった。
そして、僕はペンを握って便箋の手紙を書く。
おめでとう。幸せになって欲しい。
これは、本当に嘘偽りのない言葉だった。
でも、彼女に当てた手紙を読み返すと距離を感じた。
僕らは今まで小さい星二粒だった。
でも、君はもっと近くで違う星を見つけたんだね。
僕もそれは同じだよ。
僕は手紙を書きかけペンを置いた。
そして、僕の手紙を待つ星の糸は朝日に溶けて消えていった。
おしまい。
-tano-
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