「偏差値や点数ではない、子どもの努力の認め方」 探究対談 久保一之×矢萩邦彦(後編)
最近、学校のカリキュラムや学習塾で耳にする「探究」という言葉。でも、「探究」とはそもそも何なのでしょう? 探究を実践するとは、どういうことなのでしょう?
探究賢者が語り合う『探究対談』。第3回は、探究型の学びを行うマイクロスクール・東京コミュニティスクール(以下TCS)の理事長である久保一之さんと、統合型の学びを取り入れた少人数制の学習塾「知窓学舎」の塾長である矢萩邦彦さんです。
後編では、子どもたちへの評価とフィードバックについて語りつくします。聞き手は「Q」責任編集・炭谷俊樹です(前編はこちら)。
4. 正解じゃなくても、子どもの問いに「応える」
── カリキュラムに余白を残しつつも、大人が補助線を引いていくということが前回語られましたね。自分の好きなものだけ選んでいたら広がりがないから、彼らの興味を増やすような見学・体験も含めたインプットを、ラーンネットでも意識しています。
久保:TCSのテーマ学習では、子どもがまだ自分の“カタログ”に書いていない、身の回りにある実はおもしろい世界を伝えることをやっている。最初はつまらないと思っていたものも学んでみるとすごく楽しいという体験を6年間してほしいと思っています。
そうすれば大人になっても、「実はおもしろいかも?」と学び続けられると思うんですね。TCSでの時間は、良質のカタログを自分たちで作っていくための準備期間。でも、「子どもが主体的に学ぶ」という言葉を、子どもが全部決めていると思われる方が結構いますよね。
矢萩:能動と受動の話ですよね。でも、本当に純粋な能動ってあるのかというと、必ず最初にそれをやりたくなったきっかけがあったはずで、それは受動だよねと。
久保:僕らは認知科学とか神経科学の研究を基にしていて、知識というのはネットワークのように点と点があって繋がって変化しながら構築されていくと考えているんです。
知識が構築されることで、球状に知のネットワークが膨らみ、表面積が大きくなる。学べば学ぶほど、未知の世界との接点が広がり、知らないことが増えていくのです。なので僕は「TCSに来たらバカになります」とずっと言っています。
── それは、「探究」についてわかりやすい説明かも知れませんね。
久保:「知らないことがたくさんある」ことをどんどん知ろうというのが、僕らの探究の概念です。子どもは小さい頃ってたくさん疑問を投げかけてくるけど、だんだんあれこれ尋ねなくなっていく。
周囲の大人がそうした疑問を持つことを良しとしない対応をするようになるからです。でもTCSでは「知らないことが無限にあることに気づき、疑問を持ち続けられるバカであることこそ、目指すべき姿だ」と、思いっきり後押ししてます。
矢萩:中学受験業界にいると、質問しなくなる時期について明確な線を感じます。僕は授業のとき、「どんな教科でも構わないからわからないことがあったら紙に書いて出してくれ」と投げかけ、それら全部に応答しているんですね。
「神さまってなぜ人の形をしているんですか?」みたいな問いにも、授業時間の全部を使って応えたことがある。そういうことをしていると、空はなぜ青いのか、 DSは部品何個でできてるのかみたいな、大人が思いつかないような謎もたくさん出てくるんです。
それが小5になると、ぴたっとなくなる。そんなこと今は関係ないだろうと周囲からヤジも出てくる。謎を周りの大人に投げかけても、「それはテストに出ないから」と拒否される。そうした経験を繰り返すと、わからないことはストレスになるので、疑問があることにすら気づかなくなる。自己防衛が働くんですよ。
── ラーンネットOGは、「質問したときの反応で大人を評価してた」と話していました。正解を返してくるわけじゃなくても、「それは自分は知らないけど、こういう風に考えてみたらどう?」と返ってくるのがよかったと。
矢萩:子どもからの質問に対して、対話になっていないことが多いんですよね。「なんで空は青いんですか?」と聞かれたら光学的に説明することもできるだろうけど、「夕焼けって赤くない?」「確かに!」みたいに対話していけばいいと思うんです。
正解じゃなくても、その子のした質問に対して一生懸命何かを想像して出てきたものを渡す。“こたえる“っていうのを、解答の「答」ではなく応答の「応」で応える。そうしたら、先生も保護者も何か言えるはず。正解を出そうとするんじゃなくて、応答してあげてほしい。
久保:僕らは、低学年からそうした質問があったら、「まず空を見よう」と言います。「本当に青いのかな?」と。刷り込まれた思い込みの言葉じゃないのか、もともと持っている感性を邪魔する言葉によって”わかった風”になっているんじゃないか検討する時間を作ります。
ドアをバタンと閉めるという言葉があるけど「本当にバタンと聞こえてるか?」とかね。そうして崩していくことが、TCSの低学年時の学びなんです。言語にセンシティブになると、探究って山ほどやることがある。探究って言語の学びだと思っています。
5.「もっとできる」という欲が、子どもを見えなくする
── 矢萩さんは塾をされている以上、偏差値などのことも考えるわけですよね。どう捉えているんですか。
矢萩:僕、模擬テスト反対派ではないんです。テストを受けて、自分が知らないことが分かったら面白いじゃないですか。さらに自分が知りたい、悔しいと思ったものをやればいい。それが探究の地図になるというスタイルです。
ただ偏差値が“ガン”なんです。偏差値や順位だけは全部消して返したいですね。偏差値なんて見なきゃいい。
久保:僕らもアセスメント・フォー・ラーニングという考え方で、テストはやっぱりやるんです。何ができて何ができていないかを確認するためにやる。順位づけはしないです。
矢萩:そういうラディカルな考え方は、僕は受験や学校教育とも実は相性がいいと思います。結果としての受験があって、合格したりしなかったりするのは別に悪いことじゃない。
── 序列化したほうがやる気が出ると思っている人が、まだまだ結構いますよね。オックスフォードも序列化をやめるという方針を出しましたし、国際的には変革を進める国が増えてきていますが。
久保:TCSに転校してくる子どもたちの中にも、序列化を気にする子がたまにいます。こっちが上でこっちが下みたいな、構造感覚が身についちゃってる。受験に熱心な都内公立小学校の保護者の方が、「95%が塾に行っていて学校の中でヒエラルキーがある。それは塾のクラスの順番だ」と話していました。
矢萩:うちの塾に来る子たち、自分の小学校の子はいないということを前提にしています。「来られちゃ困る、聖域だから」って絶対に塾に友達を誘わない。
久保:序列化に関して、TCSでは徹底しています。運動会はチーム戦なのですが、タイムは他の子に勝つよりも自己記録を更新したほうが点数が高い設定にしてますね。
矢萩:僕もそうした調整に慣れてもらうために、協力型のボードゲームとかを積極的にやらせています。そこから慣れて現実に転用していくと、自然に受け入れられる。そうしていかないと、勝手に計算して勝手に競争して順位づけしちゃう子たちも多いです。
久保:TCSの1200m走は脈拍を測ります。早く走れることも素晴らしいけれど、遅くても一生懸命走って脈が上がってると「頑張ったね」という評価ができる。評価はその子を認めるためのツールだと捉えていて、頑張りなどが認められてさらに動機づけされていく循環を生むために、数字はけっこう使いますね。
矢萩:脈拍をとることで対話してますよね、非常におもしろい。僕は評価を対話と言い換えることが多いんですが、いろんなツールを使って対話ができるんだなと思いました。
こういうふうに、多様な視点で子どもを見てくれる人に、どれだけ定期的に会わせられるかはすごく大事です。家族、親戚、学校か塾のどこかにその子をちゃんと観察してくれる大人が1人いたらセーフ、2人以上いたらすごく望ましい。複数いたら違う評価の仕方をしてくれるはずなので、その多様性が出たら一番理想的ですね。
── いいところをちゃんと見ていてくれればいいですよね。だいたい親は子どものできないところばかりを見て、できないことをさせようとしますから。
久保:実は今スタッフに対しても同様に感じています。スタッフも親も、「欲」が見えているものを見えなくする。「この子は今これしかできない。もっとできなきゃいけない」「これだけできたから、もっとできる」と思うのは、僕は一種の欲だと思っています。
そのままの姿で子どもを見てくれればいいんだけど、一生懸命になればなるほど、欲というフィルターがかかって実際から離れていくんです。一番典型的なのは、TCSに途中から入ってきたケースですね。何らかの問題があった状態で来ていても、スクールで1年くらい学んで元気になったとたんに親は「塾にも行かせよう」と欲が出ちゃう。
矢萩:すごくわかります。うちも同じように、「受験する」って突然言い出す保護者が一定数いるんです。
久保:欲のコントロールが大人にとっては重要ですよね。それが本当に目を濁らせます。
6. 偏差値や点数ではない、学習の評価とフィードバック
── 序列化しないことが大事だと僕らが思っていても、やっぱり親御さんとしては受験だったり客観的な評価が気になる方もいるわけですよね。
矢萩:保護者の方は、やっぱり揺れています。なので子どもに学びを提供するだけではなくて親の啓蒙もする必要がある。みんな不安なので、彼らの世界観の中でロジカルに説明していくことが必要なんです。
「大手塾がいったい何を保証してくれるのかよく考えてみようよ」と言っています。あと知窓学舎では受験に対して、「受験も合格も目的ではない」と断言します。そこは完全に割り切っていますね。
久保:結局、偏差値やテストの点数という評価の仕組みしか知らないから、それを実行している。代替案を作らない限りは一生変わらないので、TCSの評価の仕組みは相当こだわって作っています。
まず、ポートフォリオに当たるようなデータを常に記録し、保護者とシェアする仕組みがあります。普段の学び、普段の考え、普段の姿勢を積み上げていって、それをちゃんと評価する。子どもの目が輝く瞬間とか、いい奴はいい奴だということがちゃんと評価されてほしいと思っています。
あと、”全スタッフが全員の子どもをひとりひとり順番に議論して評価する”という仕組みは開校以来ずっと変えていません。そうすることで、スタッフと「子どもの現状と目指すべき方向性」を概念的にシェアできるわけです。
「面白いものがあるとそっちにつられちゃうタイプかな?その特性をどう活かしてる?どんな学び方がいいのかな?」と議論が進んでいく。「どこを押していけばその子がいきいきと学べるか」という特性分析が、会議の中で可能になります。
子どもの評価と評価する大人の教育を同時に行うことで学びや学校は大きく変わっていくことができると思っています。
矢萩:そういうふうに評価しようとする大人がいることが何より大事ですよね。うちでも一人の担当だけが見るのは絶対反対です。基本的には2人以上の講師やスタッフで共有して、報告してもらうようにしています。
── おふたりは、評価を子ども本人にどうフィードバックされていますか?
矢萩:その場で自由に、ガンガン言っちゃいますね。振り返りは全員で一緒にやる。頭の中で取捨選択はするけれど、時間を別途とることは一切しないです。伝えるのって瞬発力が大事で、「今だな」というタイミングで伝えるのが一番いい。なので、そこはシステムにしていないですね。
久保:僕も一緒です。子どもへのフィードバックはその瞬間を逃しちゃいけない。ただ、リアルタイムのフィードバックが物理的に難しい時もあります。正直、クラスの人数は現状の1学年9人でも多い。大型バス1台で動けるくらいの、8人×6学年、全校で48人位がベスト。子どもに関われる時間を作ってあげることがやっぱり必要なんですよね。
あと、子どもにとってわかりやすいフィードバックはリアクションです。具体的にコメントとかでなく、「あ、なるほど!」ってリアクションできるかどうか。その余裕も含めて、小人数であることが大切です。リアクションの薄さは、フィードバック内容以上にその子のモチベーションに影響してしまう。
子どもがいろんなことを面白がれるようになるには、スタッフが子どもの意見を聞いて面白がれるかどうかが重要です。「ごめんね、今はこの話題じゃないから」と話を一度切ったとしても、あとで戻って子どもに感想を伝えたりね。「この人はちゃんと聞いて楽しんでくれてるんだ」という信頼関係がつくれれば、もう何やっていても大丈夫です。
矢萩:まったくその通りですね。例えば、どれだけ目を合わせているか。受け入れてくれているのかって、言葉だけじゃなくて動きや表情で伝わりますから。そこがしっかりメッセージになってるかどうかが、すごく大事ですよね。
── リアクションの大切さなど、おふたりが語っていることは、先生にも保護者にも参考になりそうですね。子どもとの信頼関係がベースにあってこそ探究サイクルが回っていくのは、ナビ講座でも大切だと伝えています。今日はありがとうございました。
(文章:桐田理恵、写真:玉利康延、編集:田村真菜)
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