公立小学校から探究型スクール・ラーンネットへ転職。複業にも取り組み、「自分軸」で働く
埼玉の小学校で9年間教員を務めたのち、2022年4月より神戸の探究型オルタナティブスクール「ラーンネット・グローバルスクール」のナビゲータ(子どもの学びをサポートするスタッフ)となった齊藤勇海さん。
子どもの好奇心や探究心を引き出す学び場を全国に広げるため、現在はナビゲータとしての活動に加え、学校コンサルティングやセミナー講師、講演活動など幅広く活動されています。
公務員からパラレルワーカーとなった齊藤さんは、どのような軸でこれまでの選択をしてこられたのでしょうか。ラーンネット・グローバルスクール(以下、ラーンネット)で働くことを決意した理由と、この1年間の活動を聞きました。
「安定」は自分の基準次第。動いてみれば、何かが変わる可能性がある
—— どのような経緯で、ラーンネットで働くことになったのでしょうか?
ラーンネットの代表である炭谷俊樹さんの著書『第3の教育』を読んだことがきっかけです。印象的だったのは、ラーンネットの理念である「Oplysning(オプリュス二ング)」という考え方でした。デンマーク語で「教育」を表す言葉で、「自分を照らし、相手も照らし、お互いに成長する」という思いが込められています。この考え方は私自身が教員時代からずっと大切にしてきたことだったんです。
「炭谷さんが運営するスクールだったら、素敵なところに違いない」そう思って、ラーンネットで働くことに興味を持つようになりました。実際に見学に行ってみると、ナビゲータや子どもたちがお互いを尊重する関係を築いているところに惹かれました。
子どもの探究心に無理に火をつけようとするのではなく、薪を焚べたり酸素を送ったりするような関わり方をしているんです。ちょうどその頃にナビゲータを募集していることを知り、すぐに応募することを決めました。
—— 以前は小学校の教員をされていたのですよね。安定した公務員を辞めてオルタナティブスクールへ転職することを考えると、収入面の不安はありませんでしたか?
一定の収入が保証されていることを「安定」と言うのであれば、確かに公務員の方が安定していると思います。ただ、私にとっての安定の基準は、自分のやりたいことや好きなことを選んでいるかどうかなんです。
そう考えると、学校の教員とオルタナティブスクールのスタッフのどちらが安定しているかは、自分の価値観次第で変わってくると思います。当時の私はラーンネットに行くことの方がワクワクすると思ったからそちらを選びました。迷いはなかったですね。ありがたいことにラーンネット以外にもさまざまなご縁に恵まれ、想定していた収入よりも多くいただくことができています。
—— 複数の仕事をすることは、事前に何か計画していたことがあったのでしょうか。
いいえ、ゼロです(笑)全く計画していませんでした。教員時代よりは収入が下がるだろうと思っていましたが、生きていけないわけではないし、収入の安定よりも自分にとっての安定を基準に突き進みました。
人間って、先のことを考えれば考えるほど動けなくなると思っています。「将来こんなことが起こるかもしれない。もし起こったらどうしよう」とか。予測することは大切ですが、未来のことは誰にも分からないんです。とりあえず動いてみたら何かが変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。起こるか分からないことを恐れて好きなことができないくらいだったら、動いてしまう方がいいんじゃないかなと思っています。
パラレルな働き方で、ラーンネットにいるからこそできることを
—— ご家族とは、転職に対してどのようなやり取りをしましたか?
妻に転職を考えていることを伝えたときは、最初から肯定的に受け止めてくれました。お互いが自立した状態で自分のキャリアを築いていく、という前提があったからではないかなと思います。
また、教員時代はずっとサッカーをやっていて、平日夜や土日に練習で家にいなかったりするのが普通だったんですよね。なので、自分のやりたいことを軸に選択することに驚きはなかったようです。「急だね」とは言われましたが(笑)
—— 現在は、具体的にどのようなお仕事をされていますか?
週4〜5日はラーンネットで過ごしているので、メインはナビゲータの仕事です。今(2023年3月時点)は5、6年生の副担任をしています。ラーンネットでは担任している学年に関係なく授業を担当するので、日々全学年の子どもたちと関わりがあります。私が主に担当しているのは、体育と算数。そして、理科と社会の内容を横断的に学ぶ「テーマ学習」です。
通常は朝8時頃に出勤して、17時頃に退勤します。子どもたちがスクールに来ない日は早く退勤することもあるので、そんな日は息子の保育園に早めに迎えに行って公園で遊んだり、近くの川沿いでランニングをしたりしています。家族と過ごす時間や自分の時間は以前から増やしたいなと思っていたので、今はすごく良い働き方ができているなと思います。
ラーンネットの仕事以外だと、フリースクール「aini school(アイニスクール)」のカリキュラムクリエイターや学校コンサルティング、ホワイトボード・ミーティング®認定講師や講演活動をしています。
—— とても幅広く活動されていますね。その背景には、どのような思いがあるのでしょうか。
私にとって一番大切なのは、やはりラーンネットの子どもたちと一緒に過ごす時間です。それと同時に「自分がラーンネットにいるからこそできることはなんだろう?」ということも考えています。
どんな環境にいる子どもも自分に合った学び場を選択できるようにしていくために、オルタナティブスクールの存在はもっと知ってもらいたいなと。その手段として、ラーンネット以外の場所でも活動しています。
—— どのような経緯で、お仕事が広がっていったのでしょうか。
知り合いの方から声をかけてもらうこともありますし、SNSからダイレクトメッセージが届くこともあります。例えば、オルタナティブ教育のことを伝えるイベントで講演をさせてもらうことがあるのですが、そこで興味を持った方が声をかけてくれたりします。
あらかじめ依頼を受ける内容を決めているわけではないので、一人ひとりのお話を聞いた上で、私ができることや具体的な関わり方を決めていくような感じです。
—— ちょっとした出会いからやり取りが広がっていくのは素敵ですね。何か秘訣があるのでしょうか?
相手の肩書きではなく、その人自身を知ろうとすることは意識しています。肩書きって、ただの記号でしかないんですよね。そう思うようになったのは、教員を辞めたことが大きいかもしれません。
「教員をしています」と言うと、多くの人がどんな仕事をしている人なのかわかると思います。でも、今はラーンネットのナビゲータを中心に、いろんな仕事に関わらせてもらっています。そうなると、自分のことを一つの肩書きとしては表せなくなるんですよね。
自分のことを知ってもらうために、私自身が大切にしている価値観や具体的にどんなことをしているのかを伝えなければいけません。そんな風に自分を表現するようになってから、人との関わり方も変化してきたのではないかなと思います。
そもそも、人は一人ひとり価値観や考え方が違うのが当たり前です。「この人はどんなことを大切にしているんだろう?」「自分には何が提供できるかな?」と考える。そうすると、パズルのピースのように必ずぴったりとはまるところがあると思っています。
「あなたはどう思う?」問われることで、自分と向き合う
—— ラーンネットで過ごす中で、変化したことはありますか。
自分を見つめ直す機会は多かったなと思います。ラーンネットのナビゲータの方々は、自分の感情や考えを思いっきり出すんですね。「自分はこんなことを大切にしている」「自分はこう思っている」「こうした方がいいと思う」など。もちろん嫌なことは嫌だと言います。
でも、なぜか押し付けられている感じが全くしない。なぜかと言うと、相手の価値観も大切にしているからなんです。自分の意見を言った後は、必ず「あなたはどう思う?」と聞いてくれます。それが、自分と向き合うきっかけにもなったなと思います。
これまでも「自分はなぜそう思うのか?」「自分は何が好きなのか?」などは考えてきたつもりですが、そこまで深まってはいなかったような気がします。時には、考えが深まっていなかったという事実を突きつけられるときもある。答えがない問いに対して、お互いが納得するまで話し合うからです。
それはナビゲータ同士のやり取りだけではなくて、子どもや保護者とのやりとりでも同じです。「思ったことは素直に伝えていい」という安心感があるので、居心地がいいですよ。
—— 小学校の教員からラーンネットのナビゲータに転職をされてから、ちょうど1年が経ちますね。ご自身の決断をどのように振り返りますか。
すごくいい決断だったなと思います。小学校の教員として働くことは好きでしたし、できることもたくさんあったと思います。でも、公務員という立場上どうしても制限されてしまうこともありました。
今は、明日もどうなるか予測できないくらい変化が激しい時代だと思います。そんな中で、柔軟に動ける状態であることも大切だなと思っています。今後も今の自分の立場だからできることを考えて、一つ一つの選択をしていきたいですね。
自分を知る。子どもを知る。そして、一緒に成長していく
—— 今後、挑戦したいことはありますか。
今後も変わらずラーンネットのナビゲータでい続けますし、そのほかの活動も続けていくつもりです。それによって、多様な子ども達に合わせて変わっていける学校を増やしていきたい。もちろんそれは、オルタナティブスクールでも同じです。
その上で、一つやりたいなと思っているのは、新しいフリースクールをつくることです。今は、学校に合わない子どもがオルタナティブスクールに行こうと思っても、定員や距離などさまざまな理由によって通えない子もいます。子ども達の選択肢を増やすために、今住んでいる地域で新しい学び場をつくりたいと思っています。
—— オルタナティブスクールで働くことに興味がある方に向けて、メッセージをいただけますか。
まず、「自分のやりたいことを軸に選択すると、めちゃくちゃ楽しいですよ!」というのは、第一声で言いたいことです。ただ、そう思える選択をするには自己理解が何より大切だと思っています。どのオルタナティブスクールにも、大切にしている理念があります。それが自分の価値観と合っているのかどうかを見極めるには、自分を知っているかが大切だと思います。
「自分が本当に大切にしているものは何か?」がしっかりとわかっていれば、スクール選びのミスマッチは起こりにくいのではないかなと思います。自分の教育観に合ったところに行ける方が、より楽しく働けますよね。
そして、これはオルタナティブスクールに限ったことではありませんが、何より大切なのは目の前にいる子どもたちの姿を見取ることです。よく見て子どもを知り、感じること。素晴らしい教育とは、先進的な実践をどんどん足していくことではなく、そこにいる一人ひとりの姿からその子に合った環境を調整をしていくことだと思っています。そして、子ども達の声を聞きながら、自分も柔軟に変化していけるといいのではないかなと思います。
—— 齊藤さん、ありがとうございました!
文:建石尚子