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偏差値やGDPによる争いが終わったあと、「探究型」の学びが必要になる理由

偏差値やGDPで物事や人を測り、競争する時代はもう終わっていくのではないでしょうか。これからは、自分たちが幸せや楽しさを感じられる社会をどう創造していくかが重要になるはずです"

そう語るのは、神戸情報大学院大学学長の炭谷俊樹。炭谷は、マッキンゼーで10年のコンサルティング経験を経て、神戸で探究型のマイクロスクールを25年間続け、今では、神戸情報大学院大学学長をつとめています。

今回は、探究型の学びについて、そして炭谷が始めた「探究コネクト」という新しいプロジェクトについて、話を聞きました。


探究とは、課題発見・解決の力、新しい社会を創造する力を育むもの

── 国の学習指導要領でも重視されている「探究的な学び」ですが、まだまだ一般的ではない概念だと思います。探究型の学びとは、どのようなものなのでしょうか。

端的に言えば、子どもたち一人ひとりが自分の関心に沿ってテーマを選択し、自ら主体的に進めていく学習スタイルのことです。

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たとえば探究型でない教育の例としては、現在の教育の象徴ともいえる「テスト」が挙げられます。

クイズが出されて正解を答えられた人が高得点、間違った人は低得点、その結果が偏差値になりますが、そもそも子どもたち一人ひとりの興味関心に沿ったものではないため、集中してテスト範囲を学べる子どもは一部に限られますよね。

無理矢理テストのために学ばされ、間違えばバツをつけられて怒られる状況であれば、学習することがつらい体験になり、嫌いになってしまうのは当たり前です。

一部には喜んで取り組んでいる子もいると思いますが、それは自分の得意な科目だけであって、苦手意識が出てくると一気にやる気が失われてしまいます。

大人にとって、子どもたちの学ぶことへの意欲が削がれることが、最も避けたいことのはずです。偏差値がまったく無意味だとは考えていませんが、クイズの正解を導くことは人間よりもAIの方がずっと得意なことなのではないでしょうか。

これからを生きる子どもたちには、人間にしかできない課題発見や解決の力、新しいものや社会をつくる力といった、創造的な能力が求められていくはずです。そうした能力を育むために、これからは探究型の学びの重要性がいっそう高まっていくと思っています。

大切なのは、自分の興味・関心を起点に探究し続けること

── 具体的にはどのように学習が進められていくのでしょうか。

子どもたちの学びにおいて最も重要なのは、本人が自分の好きなことや興味があることに基づいて、学習内容や学習方法を自分で選ぶことです。多くの学校では、学ぶことは個人の興味と無関係に決められています。「恐竜が好き」、「電車が好き」、「お菓子を作りたい」などなど、一人一人興味の対象は違うのに一斉に「九九を覚えましょう」になります。関心がないことや意味が感じられないことを無理矢理やられてもやる気がないので集中できず成果も上がりづらい。

探究的な学びでは、子どもが取り組む課題を自分の興味で選択し、やる気を持って取り組むことができます。お菓子作りでも、材料の量や配合の計算などの数学的要素や、混ぜる、焼くなどの科学的変化の要素など、さまざまな要素がありますが、意味を感じ、意欲的に学ぶことにつながります。

もう一つ大事なことは、子どもたちが何かやり遂げた時に、満足感・達成感が得られるかです。テストで100点取った、取れなかったというようなことではなく、「自分でいろいろ工夫をして美味しいお菓子を作り、人に食べてもらえて喜んでもらえた」といったことです。

大人としては、できなかったことを指摘してもっとここをがんばりなさい、と言ってしまいがちですが、次のチャンレジへのエネルギーを育むためにも達成感を得られるようなポジティブな声がけなどの工夫が望ましいです。

探究的な学びのチャンスは学校だけではなく、家庭にもたくさんあります。子どもが自由な時間のとき、何をするかに着目します。それが一番興味のあること、やりたいことです。それはゲームやYouTubeかもしれないし、レゴやダンボール工作かもしれないですし、親から見たら遊んでいるだけ、意味がない、勉強してほしいと思うことも多いもしれません。しかし、自分で選び、工夫し、集中し、やり遂げるという経験はその対象が何であっても、自身ややる気、成長につながります。子供達の「やりたい!」エネルギーを抑え込んでしまうのではなく、成長の機会としてとらえたいです。

大学入試改革が進むなか、重要性を増す探究型の学びの場

── とはいえ、教科書に沿った学習をしないことで、「将来的に進学する際に教科のテストで困るのでは」と懸念される保護者も少なくないのではないでしょうか。

保護者の方が心配されることは理解できます。ただ、神戸でラーンネット・グローバルスクール(以下、ラーンネット)という探究型のマイクロスクールを25年間続けてきて、探究型で学んできた子どもたちは「この学校に入りたい」といった目標ができれば偏差値型の受験もしっかりこなせることがわかりました。

ラーンネットは小・中学生を対象としたフルスクールを運営していて(※3〜6歳対象の幼稚園やアフタースクールもあり)、子どもたちは本当に一見“遊んで”ばっかりなのですが、それでも東大、阪大や有名私学にも進学していきます。

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彼・彼女らの姿を見ていると、特に小学生は一生懸命塾に行く必要も偏差値型のペーパーテストで100点を取る必要もなくて、遊ぶことが一番の学びになるのだと感じます。

また、文科省の指導のもとで大学入試改革も進んでいて、今後ペーパーテストだけで選抜しない方向に改革は進められていくはずです。現状でも、国立・私立ともに推薦入試や総合型選抜(旧AO入試)を実施する大学は増え続けています。

基礎学習は探究の支えにもなり、大切な部分でもありますが、それでもそこにすべてを注ぐ必要はないはずです。

自分の選択が尊重され自己肯定感が育まれれば、リーダーシップは自然と生まれる

── ラーンネットでは、子どもたちはどのように過ごしているのでしょうか。

まず、スクールに来ることが楽しくて楽しくてしょうがないという感じですよ。嫌いな科目や苦手な科目が生まれずに、国語・算数・理科・社会・体育・音楽、なんでも好きになるんです。見学された方々も、ラーンネットの子どもたちの快活さによく驚かれています。

また、みんな好奇心にあふれているので、たとえば歴史にしても何にしても、自分で勝手に調べて学びを進めています。

僕らナビゲーター(※教師にあたる役職)も、きっかけは多様なかたちで与えますが、一度学び方・調べ方・考える視点をつかめば、大人が放っておいても自主的に学びを進めていけるんです。

こうなったらしめたもので、高校や大学に進学しても、社会に出ても、自分で何が必要かを判断し、何をすればいいのか考えて工夫をしながら動いていけるので、まったく心配がなくなります。

どういう進路を進むかも自分で探究していけばいいのであって、どこに行こうと、そこでやりたいことをやっていけばいい。実際に子どもたちはそれぞれの道に進んで、そこでリーダーシップをとって大活躍しています。

── 探究型で育つこととリーダーシップにはどのような関連性があるのでしょうか。

なぜリーダーシップがとれるのかというと、探究型で学んでいる子どもたちは、大人の指示を待つのではなく、自分から主体的に動き始められるようになるからなんです。

自分が動くことに抵抗がないのは、ずっと自由選択で達成感を得てきたということが背景にあると思います。一方で、日本の一般的な教育現場では、少し人と違ったことをすると怒られてしまいますよね。

ラーンネットでは一人ひとりの個性を大事にして、自分の好きなことをやることを奨励しています。自分の好きなテーマを探究できる時間がたっぷりあるので、そこで自己選択ができて、自己肯定感が育まれます。

算数などの基礎的な学習でも、無理矢理取り組ませるのではなく、本人の意志で本人のペースで進める時間が多いんです。たとえば、問題集は自分で選べるし、回答も自分でチェックするので、バツをつけられて怒られる体験はありません。基本的にテストもありません。

楽しいこと、やりたいことができて好奇心が満たされて、達成感が得られる。その中でも、自分のやっていることが尊重されることが最も重要なポイントです。大人でも一生懸命やっているのに怒られたらやる気をなくしますよね。

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また、リーダーシップと聞くとよく喋る活発な子どもを思い浮かべるかもしれませんが、ラーンネットにはよく喋る子も喋らない子も両方います。

そこに良し悪しは存在しなくて、喋らなくてもしっかり考えて観察していますし、一方で積極的に動いたり喋ったりする子はそうしたスタイルで学んでいるということです。重要なのは、それぞれのあり方が尊重されることだと思っています。

── 探究型は、何よりも個性を尊重する学習スタイルなのですね。

人間は、本当に一人ひとりが違う存在ですから。

僕自身も学校では自分がやりたい相対性理論についての探究は一切できなくて、帰宅してから家で隠れてコソコソやっていた経験があります。

でも、それって変だと思いませんか? なぜ自分の好きなことが堂々とできないのでしょうか。そうした想いが根本にあるので、好きなことややりたいことは学校で存分にしてほしいと思っているんです。

また、少しでもメジャーではないこと、新しいことをしている人は学校で排除されがちですが、このままでは日本から新しいものが生まれるはずがありません。これからは大量生産の工業化社会に最適化された教育ではなく、一人ひとりが何かを生み出すための教育が必要なのだと思っています。

日本中の子どもたちが歩いていける距離に、探究型の学びの場がある未来をつくる

── 新しく始められた「探究コネクト」では、異業種からの教育業界への転職を後押ししていますが、背景にはどのような課題や期待があるのでしょうか。

いま、子どもの学び場である学校と社会とのつながりが弱くなってしまっていることに課題を感じています。

子どもたちは学校は自分とは関係のない場所だと敏感に察知して、行かなきゃいけないと言われるから通うけれど、自分の本当の楽しみは家に帰ってからと、学校と家との時間を切り分けて過ごしています。

特にYouTubeが普及してから、子どもたちは想像以上にたくさんのことを知っているんですよね。このまま学校が社会と隔たった状態では、YouTubeのおもしろさに学校は勝てないままだと思います。

一方で、コロナ禍を経て感じたことですが、子どもたちは探究型の学びを通して友だちと一緒に何かをつくり出す楽しみを知っていれば、インターネットよりも学校が楽しいと感じるんです。

緊急事態宣言下でオンライン授業を進めてきたラーンネットでしたが、子どもたちはやっぱりリアルでの学びの方が楽しいと言っていますし、実際に通学が再開したときの子どもたちの笑顔は素晴らしいものでした。

また、ラーンネットを立ち上げて以来、日本全国の方々から「同じような学びの場はないの?」という問い合わせを多くいただいています。

それを受けて探究型の学びのナビゲートを学ぶための「探究ナビ講座」を19年前に始め、各地で学びの場づくりに取り組む経営者やスタッフ、保護者など約1000人の方々に受けていただき、今では子どもたちの探究心に火を灯したいという思いを共有する仲間が全国にいます。

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一方で、探究型の学び場はまだまだ都市部と一部地域にしか存在せず、新しい学び場をつくりたいという個人や企業は増えていますが、立ち上げの資金や場所・人の採用や育成・集客や広報など課題が山積しています。

全国の子ども達が歩いていける距離に探究型の学び場を作りたいという思いで「探究コネクト」はスタートしましたが、まだまだ仲間も知恵も足りない状態です。

そこで、今はまったく違う取り組みをしているけれど関心があるという方に仲間になっていただき、全国に探究型の学び場を増やしたり、学校と社会とのつながりを強めていけたらと思っているんです。

復元されたファイル 1

── 確かに、異業種経験は子どもたちと社会をつなげる助けになりそうです。一方で、探究型の学びを教えていくことに対して異業種からの挑戦では難しさもあるのではないでしょうか。

「探究ナビ講座」には多くの社会人の方に来ていただいているのですが、最初は難しくても、「子どもに選択させるとはこういうことだよ」と具体的に伝えていくことで、本人の意識が変わり、一気に振る舞いが変わっていく方々をたくさん見てきました。

ビジネスの世界では、上司や同僚、部下から影響を受けて自分のやり方を変えなければいけないこともありますが、結果的にそうした変容が自分に良い結末をもたらすことが往々にしてあります。そうしたことから、変化に対して柔軟な方も多いのではと感じています。

また、探究型を教師として実践するときには、スキルよりもマインドが影響すると思っています。これまで探究メディアで取材してきた異業種からの転職の方たちも、それぞれ前職での経験が生きていると語ってくれた方ばかりでした。

経験がないからといって躊躇している方がいらっしゃるのであれば、ぜひこれまでの記事を読んでいただければと思います。

自分たちが幸せや楽しさを感じる社会を“どうつくるのか”を問われる時代

── 最後に、「探究コネクト」のこれからについてお聞かせください。

偏差値やGDPで物事や人を測り、競争する時代はもう終わっていくのではないでしょうか。これからは、自分たちが幸せや楽しさを感じられる社会をどう創造していくかが重要になるはずです。

そのためにも、子どものころから身近にある課題を友だちと相談しながら解決するという経験、自分のやりたいことを実現する経験を、探究サイクルをたくさん回しながら積んでいくことが大切なのだと思っています。

AIが発達した未来で、人間は自分たちの幸せを創造し楽しく生きていることを心から願い、「探究コネクト」の活動を続けていきたいと思っています。

── ありがとうございました!

炭谷俊樹(すみたに・としき)
神戸情報大学院大学学長、ラーンネットグローバルスクール代表。1960年神戸市生まれ。マッキンゼーにて10年間日本企業及び北欧企業のコンサルティングに携わる。新人コンサルタント採用・研修の責任者も担当。デンマークの社会や教育に感銘したことがきっかけとなり、阪神・淡路大震災後の1996年、神戸で子どもの個性を活かす「ラーンネット・グローバルスクール」を開校。1997年、大前研一氏とともに企業のビジネスリーダー育成事業を創業、2005年よりビジネス・ブレークスルー大学大学院経営学研究科教授(2010年より客員教授)。2010年に神戸情報大学院大学学長に就任。3歳の幼児から企業のエグゼクティブまで幅広い年齢対象で、探究型の教育を実践している。東京大学大学院理学系研究科修士(物理学専攻)。著書に『第3の教育』(角川書店)『ゼロからはじめる社会起業』(日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2019年に学びを探究するメディア『Q』を立ち上げ、責任編集を務める。


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