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「探究学習と、中学受験は両立するのか?」 探究対談 久保一之×矢萩邦彦(前編)

最近、学校のカリキュラムや学習塾で耳にする「探究」という言葉。でも、「探究」とはそもそも何なのでしょう? 探究を実践するとは、どういうことなのでしょう?

探究賢者が語り合う『探究対談』。第3回は、探究型の学びを行うマイクロスクール・東京コミュニティスクール(以下TCS)の理事長である久保一之さんと、統合型の学びを取り入れた少人数制の学習塾「知窓学舎」の塾長である矢萩邦彦さんです。

前編では、中学受験や「探究」の進め方について語ります。聞き手は「Q」責任編集・炭谷俊樹です。

久保一之(くぼ・かずゆき)
NPO法人東京コミュニティスクール 創立者・理事長/株式会社グローバルパートナーズ 代表取締役/ビジネス・ブレークスルー大学、同大学院 教授
大学卒業後、大手サービス業にて主に人事・教育に携わる。株式会社グローバルパートナーズ創業後は、幼稚園から小学校、中学校、高校向けに教員のリクルーティング事業等を行う一方で、株式会社ビジネス・ブレークスルーのコンサルタントとして、数多くの大手企業のリーダー育成プログラムの講師を務める。それまでの経験から、学校教育、特に初等教育において新たな選択肢が必要だと考え、東京コミュニティスクールを創立。グローバルな視点を持った人材を育むための国際教育カリキュラムの研究・開発・実践・普及を積極的に行っている。現在、小学生とともに探究する学びを実践する一方で、大学ではアントレプレナー講座の指導を、大学院では卒業研究担当として事業計画立案の指導を担当している。

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
実践教育ジャーナリスト/リベラルアーツ・アーキテクト/株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO/知窓学舎 塾長/教養の未来研究所 所長/一般社団法人リベラルコンサルティング協議会 理事/聖学院中学校・高等学校 学習プログラムデザイナー/ラーンネット・エッジ「自由への教養」カリキュラムマネージャー
探究型学習・想像力教育・パラレルキャリアの第一人者。25年間、20000人を超える直接指導経験を活かし「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾『知窓学舎』を運営、「現場で授業を担当し続けること」をモットーに学校・民間を問わず多様な教育現場で出張授業・講演・研修・監修顧問などを展開している。一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究する活動スタイルについて、編集工学の提唱者・松岡正剛より、日本初の称号「アルスコンビネーター」を付与されている。Yahoo!ニュース 個人オーサー。LEGO® SERIOUS PLAY® メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテータ。国家資格キャリアコンサルタント。グローバルビジネス学会所属。 受賞歴にイシス編集学校『典離』、Yahoo!ニュース『MVC(Most Valuable Comment)』、探究学習コンソーシアム『探究の鉄人』初代チャンピオン。Yahoo!ニュースオーサーコメントでは50万ポイントを越える「参考になった」を獲得。近編著書『中学受験を考えたときに読む本』『先生、この「問題」教えられますか』(洋泉社)はAmazonカテゴリランキングでベストセラー1位を獲得。メディア出演は『めざましテレビ』『サンデージャポン』他多数。


1.中学受験、多くの保護者の見立てはズレている

──  今回は「Q」のコントリビューター同士が話したらもっと面白いんじゃないかと、おふたりの対談を企画したんです。首都圏にあるマイクロスクールと塾という、ぱっと見は全く違う立場ですが、共通点や違う点が明らかになると面白いかなと思います。

矢萩:僕は、塾を経営しているので、”中学受験推奨派”と見えているかもしれませんね。でも実はそうじゃない。中学受験の最大手塾で14年間講師をしましたが、それも「最も自分と思想の違う塾でなければ、現場から革命は起こせない」と考えた結果でした。

久保:我々は小学生を対象とした、探究する学びをベースにした全日制のスクールを運営しています。「中学受験に学びの焦点を合わせる必要はない」という基本スタンスで10年以上やってきている。

小学校の6年間で完成させるようなカリキュラムではなく、その子が長い年月をかけて使っていける「武器」と呼べるような考え方を醸成していくことを意識しています。

でも子どもの年齢が上がるにつれて、保護者の方がだんだん中学受験に意識が向かっていき、「なぜこの学校を選んだんだっけ?」と問いかけたくなるときもあります。中学受験と日々のスクールでの学びを両立する準備ができている子はともかく、中学受験が合わない子に受験を強要する必要はないし、その子のペースに合ったタイミングで受験を捉えればいいと思うのですけれどね。

矢萩:僕も視点はまったく同じです。ただ自分は、中学受験の現場に入る理由となった原体験があります。僕自身が中学受験をしたんですが、進学した先で全然合わなくて不登校になったんです。

── 矢萩さんの子ども時代の原体験についてもう少し聞けたらと思うのですけれど。

矢萩:小学生の時に、格闘技をやるか中学受験をするか選べと両親に言われ、殴るのも殴られるのも好きじゃないので中学受験を選んだんです。

母は教育ママでした。行きたい学校は東京だったのですが、神奈川県内でないとダメだというシバリがあって、特に志望していたわけではない学校を受験して入学しました。でも全然合わなくて、学校に行かなくなりました。今でいう不登校ですね。僕自身は探究的なものが好きな性質なのですが、当時は自分でそれが言語化できなかった。親の見立てがズレていたわけです。

社会人になって中学受験業界に飛び込んでから周囲を見ても、かなりの保護者の見立てのズレを感じます。探究的にやったほうが楽しそうなタイプなのに、無理やりテストで管理する場に置かれてしまったり。生命力がなくなってロボットみたいになってしまっている子をたくさん見てきました。

だから僕が一番解決したいのは、保護者の見立てと本人の性質の”ズレ”の問題なんです。

── 「少しでもいい学校へ」と思う保護者は多いですよね。その”ズレ”が、塾で解決できると考えられたんですか?

矢萩:「中学受験の成績を上げるような探究型の学びができないだろうか」と考えました。それができたら、親は受験勉強させたい、子どもはじっくり学びたいということが両立できるはずなので。

本来、探究とは結果をすぐに求めるものではない。けれど思考力やモチベーション、自己肯定感などいろんなものが上がるはずだし、数字に繋げていくことも無理ではないだろう。そう考えて、大手塾の授業に、現場で勝手に探究型の学びを取り入れ始めたんです。

そしたらやっぱり子ども達のモチベーションが上がる、塾が楽しくなるというような効果がすごく高くて。ほとんどテキストを使わなかったりアナーキーなやり方をしていましたが、生徒の成績も下がらないので、保護者からのクレームも来ない。結果が出てるから、周囲も僕にあれこれ言えなかった。

中学受験の塾に通わざるを得ない、塾に来るしかない子どもたちに、自分の手の届く範囲でコミットしていくことを続けていました。

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2.学校があれば塾はいらない?塾があれば学校はいらない?

── 探究学習をやっていくと、受験などでも成果が出るのは、ラーンネットでもそうです。大手塾をやめて知窓学舎をはじめられたのは、どうしてですか?

矢萩:工夫しながらどうにかやってきましたが、限界を感じたんです。受験業界に探究学習を取り入れていける先生を探しても、共感してくれる数少ない先生方は、教師以外の職歴がある方ばかりでした。

昔は学歴があるから塾講師に流れ着いたというような中途採用者が多く、良くも悪くも他業種の経験がある人が多かった。今は大手塾は新卒採用を行い、大学時代から塾でバイトしていたような生粋の塾講師ばかり集めています。

日本では公立中学の先生の中で教育以外のキャリアを持っている人は3.7%(※文部科学省「平成30年度公立学校教員採用選考試験の実施状況について」より)。近年は塾業界でも、公立中学と同じで、先生以外のキャリアがある人が非常に少ないんです。

「塾業界に教育以外のキャリアを持つ人が入り込んで来ないと、これ以上は難しい」と思いました。そして、この流れの中で大手塾でひとりで戦うのは限界があると「知窓学舎」を作ったんです。自分で小さい塾をつくれば、いろんな経験を持つプロフェッショナルを、自分の判断で採用できますから。

久保:なるほど。僕は、「公教育がよくないと考えるなら批判するよりも代替案をつくりたいな」と思って、全日制の学校をつくったわけです。全日制での学びがしっかりしていれば塾に行かなくてもいいじゃないか、と考えていました。

── ラーンネットもそうですね。昼間の学校をいいものにしたいなという思いがありました。

矢萩:普通に考えたら「昼間の学校を変えよう」という発想になるはずですが、自分は学校外で学んだことも多かったんです。不登校の時に深夜ラジオに救われたり、図書館や本屋でたっぷり独学したり。

それに、保護者と子どものズレを考えると、やはり受験塾に行かなければと言う思いが強かったんです。最初から、TCSやラーンネットを視野に入れるような保護者なら心配ありませんが、僕みたいにそっち寄りの感性なのに受験塾から進学校へ、というコースに行ってしまいそうな親子にアプローチしたかった。なので、学校外の場として、塾を選びました。

あとは塾って、いろんな人たちがいていい場所だと思うんですよ。出会いを通して「やっぱり学校行ってみよう」「あっちの学校がいいな」とか、発見が生まれる交差点的な存在としての塾っていいなあと。

久保:矢萩さんは、学校に行かないからこそ、昼間に自由な時間があったわけですよね。僕は、子どもが育つ上で余白をどれだけ作ってあげられるかがポイントだと思って、全日制スクールをつくりました。

でも塾や習いごとに行かせようとする親御さんたちの動きが出てくると、「余白の時間は一体どこで作れるのか」と、全日制を否定するようなパラドックスに陥るんです。

矢萩:僕の塾が受験という言葉を外さない理由も、そのあたりの悩みからきています。「受験の対策もしてくださるんですね、じゃあお預けします」と考える親御さんが多いのです。

不登校であっても、普通の学校に所属していることに何らかの価値を見出している。それの価値観を崩すのは結構大変です。対症療法ですが、それで苦しんでいるギリギリの子をうちに通わせてケアすることができたらと思っているんです。

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3.「何の探究のための体験か」という逆算はもういらない

── 全日制のスクールとアフターの塾という枠組みの違いはあるものの、 どちらも「探究」を大切にされています。探究をどう進めていくのがいいか、おふたりはどう考えていますか?

久保:その子にとって「これが探究だ」と思えるスタイルでやっていてくれたら、まずはいいんじゃないかと思ってるんです。

TCSは「子どもが興味関心を持っていないことさえも学んだら楽しいという体験をしていく探究」だけれど、自由に探究する仕組みのフリースクール系のものもあるかもしれないし、アフタースクールで探究塾みたいなケースもあるかもしれない。

矢萩:それぞれのスタイルがあっていいし、選択肢があることが大切です。ただ小学校4年生位までって、興味があるかないかも定かではなかったり、抽象的な思考ができなかったり、自己決定が難しい場合もある。なのでカリキュラムを作って興味開発をしていくことが重要だと思っています。

その子の興味は、少人数のクラスで対話していく中でわかってきます。そうした密なコミュニケーションを取れてさえいれば、学ぶ場所はどこでもなんでもいいなと思います。

── 探究の種類や学ぶ場所ではなく、本人にとって主体的な体験であるかが大切ですよね。

久保:全日制のスクールをやる意味は、外での体験を多くできることなのかもしれません。TCSは探究にフォーカスされることがほとんどなんですけど、実は外での学びがすごく多くて。

矢萩:人工物に触れることも大事だけれど、自然に触れることも大事。両方触れないとその違いにも気づかないし、だったら明るい昼間の方がいい。

塾なので、僕らは昼間に活動できるのは夏期講習中くらいという制約がある。でもできる範囲で、遠足や課外授業をガンガン入れます。大手塾にいた頃は、子どもたちを川に連れて行こうとして叱られたこともあるんですけどね(笑)

久保:外での体験って、探究というよりは楽しんでるだけなんですよね。我々も最初は「何の探究のための原体験かを設計しよう」と考えたのですが、すぐに「意味がないな」と思い直しました。

種を蒔いておけば後で芽が出て結びついて、子ども達が勝手にそこに知識や認識を構築していく。そういう実感があったから、「もう何をやっても大丈夫」というふうに今はなっています。

── 何から何を学ぶか、決めるのは子どもですよね。全員に同じ学びを持たせようとすると、主体性から遠のいてしまう。

矢萩:僕らも「なんのために学ぶのか」という逆算は、終わりにしようと考えています。一方で、「この原体験はこれに繋がるかも」という補助線を出すのは、周囲の大人がやってあげていいと思っていて。

受験であれば「今、それすごい面白かったろう? 教科書でいうと、この考え方に似てるよね。今の考え方でこの問題を考えてみたらどうなると思う?」と関係性をつける。

学校の勉強や受験勉強の面白くなさって、リアルじゃないからですよね。「それって自分と一体どういう関係があるの?」と。でも、抽象化したら実は関係することってたくさんある。

抽象化のスキルは、大人が補助線を引いてあげることによってだんだんと身についてくる。自分で意味づけできるようになったら、自走して探究サイクルが回りだす。そこまでのお手伝いの仕方が、僕らがすごくこだわっているところですね。

久保:なるほど。TCSのカリキュラムは、内容、流れ、ゴールに関して7割のところまではきちっと作り込んでるんです。どのスタッフがやってもスクールがコミットするレベルに到達するようにしてある。

ただそれ以上をわざと決めない。3割残しておくことで、先生も含めた学習者同士のコラボレーションが起きて、次のカリキュラムのための面白い仮説が出てくるというサイクルが生まれます。

矢萩:仮説のもとやってみて、その通りになる必要はまったくないんですよね。意外なことが出てきて、そっちが面白かったら、カリキュラムを変えればいい。カリキュラムは従うものじゃなくて沿うものです。

久保:僕は、固まってくるとやりたくなくなる性格なんです。今も、いろんな行事がたくさんあって「忙しい忙しい」と子どもたちが言うので、じゃあもう全部やめようかと本気で検討しています。

スクールを作った当初はイベントはほとんどなくて、運動会とかは全部子どもたちが当時のスタッフと一緒に作っていったんですよ。だからすごく楽しかった。けれど時代が変わって、イベントが既にあると、それをこなす消費者になっちゃうわけです。

「これが決まった形だ」と思うことが、面白く物事に取り組んでいく1番のブレーキになってしまう。時に壊す役割を担うことが経営者の仕事かなと思っています。

後編はこちら



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