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short photo story -私たちがいた夏-
夏は好きじゃない。 暑くて何をするにも億劫になって、そんな自分が不甲斐なくて嫌になる。夏でも冬でも、グランドを走り、蒸された体育館で一心不乱に部活に勤しんでいた中学生の頃が懐かしい。あの頃は若かったなぁなんておばさんめいたことを言いそうになる自分がなんだかまた不甲斐ない。
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夏休みに入る少し前。高校生になって初めての夏が来るのにも関わらず、何をするにもやる 気が出ない私は、遅刻ギリギリな通学路をとぼとぼと歩いていた。日差しが私の体を射抜きにきていて、そろそろ貫通しそうだ。
「かな」
鋭利な刃物みたいな日差しの中、私と同じようにとぼとぼ歩きながら現れたのは、中学の時3 年間同じクラスだったえりなだ。仲がいいのは3年間同じクラスだったからという理由の他に、私たちは少しだけ似ているからだと思う。屋上で寝っ転がりながら空を眺める昼休みを送りたかったという願望や、あまり他人に興味がないところ。
共通点は探せば他にもまだまだ見つかると思う。高校は離れてしまったのであまり会う機会はないものの、えりなは電車に乗って学校へ向かうし、私は駅の反対側の高校に通っていることから、本当にたまにえりなの姿を見かけたり、見かけられたりする。
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「どうかした?」
「どうもしない」
「そんな風には見えないけど」
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よほど億劫な顔をしていたのか、えりなは私の顔を覗き込んだ。学校めんどくさいなと思うのは毎日だし、いつものこと。みんな仕方なく学校に行っている。しょうがないことだ。
気怠さにため息をつく。
「こんな時間にここ歩いてて間に合うの?」
私の問いにえりなはあくびをしながら、遅刻とだけ答えた。呑気なものだなぁと私も少し歩く速度を落とす。学校が私のところまでやってこないだろうか。
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「さぼるか」
「は」
「行こう」
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これがえりなと私の決定的に違うところ。
行動することに物怖じしない。 私の手を取り、えりなは茶色の髪の毛を揺らし、キラキラした笑顔で走り出した。
ちなみにえりなは陸上部で、私は帰宅部だ。
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「ちょ......」
私はえりなの足についていけるはずもなく、途中で断念した。そりゃ陸上部と帰宅部では体力の差は子どもと大人くらいある。息の上がった私を見て、なぜか勝ち誇った顔をしているえりな。
「鈍ってんな〜」
「うるさいな。というか、どこ行くの?」
「神社」
「なんで」
「悪いことする前に神様に謝っといたらなんか大丈夫な気がしない?」
しません。おそらくと言うか全く大丈夫ではないと思うが、かと言って学校に行く気にもなれずえりなのあとをとぼとぼ歩いていく。
それにしてもえりなが学校をサボるとは珍しい。中学の頃は多少体調が悪くても休むことはなかったし、愛猫のミケが亡くなった時でも静かに泣きながら、そしてたまに意識せずとも流れてくる涙にもはや笑いながら、登校していた。
そんなことを思い出しながら手水舎で手を清める。えりなは一度迷ってから右手から清め始めた。逆だ。
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「え」
「何」
「登るの」
「そりゃ本宮に行けないからね」
目の前には大変⻑い階段。嫌だなと、頭で考えていたことが脳を介さず口から出た。えりなは私を置いて駆け上がっていく。これが女子高生かと呆気に取られながらできるだけ早めに駆け上がっていく。先に登り終えたえりなはとても眩しい笑顔をしている。
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本宮についた私たちは作法通りに神様に挨拶をする。えりなはちらと私の方を見ながら真似をしている。
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私が間違えていたらどうしようと心の中で思いながら、二礼、昨日夜更かししすぎて思わず出そうになったあくびを噛み殺しながら、二拍手、目を閉じて、私は高校生になって初めて学校をさぼります、そう白状し終えてから一礼。目を開けて礼をするタイミングが同じだったような気がして少し笑う。
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まぁ、親や先生が許さなくても、神様が許したんならいっか。なんとなく足取りが軽くなっ たように思う。
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「女子高生っぽいよね」
「うん、ぽい」
私たちは最近はやりの所謂映えな食べ物を手にした。普段原宿みたいな人の多いところに出向かない私たちは可愛らしい食べ物を手に入れて少し浮かれていた。私がなんとなく思い描いていた女子高生な気がする。
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「可愛いね、それ」
「これ?」
「違う。髪の毛」
「今気づいたの?」
「そうじゃないけど」
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「せっかく校則緩い学校に行ったからね。大会の時には戻さなきゃだけど。結局さ、こういうお洒落って歳を重ねるごとに、始めるのが億劫になるんだから今のうちにやっといた方がいいかなって。まぁ、高校の友達が言ってたから私もそうかもって思っただけなんだけどね」
そう言いながら中学生の頃より少しだけ明るくなった髪の毛を触るえりな。
高校生になると少しだけ世界が広がると言われるのは、中学校の狭い範囲での交友から、広い範囲での交友になるのが大きな要因の一つだろう。ましてやえりなはあらゆる場所から人が 集まる私立の学校に行ったから色んな同級生と出会っているんだろうなと思う。少しえりなが 羨ましい。
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「あ、あれも食べたい」
「太るよ」
「いつも走ってんだからいいの」
「どっか座って食べたい」
「買い込も」
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私たちは食べたいものをお財布と相談しながら買い込んで近くの公園まで運んだ。公園の隅にあるベンチからは広い海が見えて、潮の匂いが少し漂っている。
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私たちは美味しいものを口にたくさん頬張りながら何気ない世間話に花を咲かす。思い返せば、こんなにじっくりえりなと話すのは中学を卒業したあとに、ミニ卒業旅行と言って、近くの水族館に行ったあとに入ったカフェ振りだ。つい半年前くらいのことなのに、もう何年も前のことのように思える。
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「なんでバドミントン辞めたの?」
私が部活やってたのも遠い昔のようだ。もはや幻なのかもしれないと思えてくる。中学校に入ってから生活の八割を占めていた部活を手放してからもうすぐ1年が経つ。引退試合の後、少し名残惜しさはあったけど、今は手放せたことに少し安心している自分もいる。
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「うーん」
「いや、責めてるように聞こえたらごめんなんだけど、引退試合いいとこまで行ってたから」
「いいとこまで行ったからだと思う」
「ほう」
「色んな大会でよく見かける強い子がいたんだよね。いつかあの人とやってみたいなぁと思っ てて、引退試合で当たってあと一歩のとこで負けたのね......なんかマイナスな意味じゃないんだけど、ここまでが精一杯だなって、やり切ったなぁって。これ以上いい試合できることないだろうなって思っちゃったんだよねぇ」
試合が終わった後、これが燃え尽き症候群なのかなぁと冷静に、自分を外側から見ているような気持ちになった。あぁーあって思った。
ただ、部活を引退してからもうバドミントンをしないって決めてから、何をするにもやる気が出ずにここまで来ている。高校受験もあまり手がつかなかった。私の中にあったはずの何かが消えてなくなったようなそんな気がする。
「そっかぁ」
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えりなはそんな気の抜けた声を出して、海の方を眺めていた。たぶん部活を続けることにし たえりなには想像のつかない感覚的にはわからない話だと思う。しばらく黙り込んでいた。
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「あ、花火しよ」
「え」
「海で、花火!」
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えりなは迷わずコンビニに入って、ちょうどいいくらいのパッケージの花火を迷わず買って、ちょっと迷って浜辺に到着した。
さっきの高台より潮の匂いが確かのものとなって鼻をつく。
まだ少し海の上に太陽が浮かんでいる。夕暮れとはいえまだ暑さを身に染みて感じながら、浜辺に降り立った。久しぶりに踏む砂浜はとても歩きにくいし、ローファーに砂が入り込んでくる。
「女子高生出来るね」
「え」
「何も捨てないで女子高生が出来るじゃん。日焼けに嘆かないでいいし、ちゃんと休みの日は休めるし」
「まぁ」
「こうやってサボれるしね」
「確かに」
「髪の毛をちょっと明るくしたくらいじゃ別に世界変わんないけど、気分は上がったよ。楽しいよ、高校生」
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中学生だった頃より大きく広く変わった私たちの世界は、まだまだ行ける場所があって、入り込める穴や隠れられる穴があって。
その自由さをえりなはもう知ってるんだなとえりなの横顔を見ながら少し感心した。
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えりなは砂浜に寝転んで大きく深呼吸をした。かつて、私たちが屋上でそうしたいと願っていたように。私も横に並んで、視界いっぱいに空を映す。
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「こんなに広かったんだ」
たぶんどこかで、バドミントンを辞めた自分自身を責めていた。逃げたんじゃないかって。 でも私の世界はバドミントンだけじゃないんだって、今はなんだかそう思える。
あぁ、今日サボってよかったな。
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太陽が海の中へ隠れ始めた頃、私たちはサボりの集大成として花火を始めた。夏の風物詩は、今までみたものより大きく輝いているように見えた。
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「夏だね」
「夏だね」
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えりなと二人で花火をしていると、まだ始まったばかりの夏は、なんだかもう私の中ではクライマックスを迎えているようなそんな気になる。家に帰ったら親に怒られるかもとか、明日先生に怒られるかもとか、道中はそんなことが脳裏をかすめたけれど、今はもうそんなことはどうでもよくて、ただこの時を一生覚えておこうと思った。
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こうやって一緒にサボってくれる友達がいてよかったと、そう思うのはもう少し歳をとってからかもしれないけど、その時まで大切にしたいと思う。
私たちがいたこの夏が一生消えませんように。
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