ブルデュー社会学における「美的性向」はChatGPTで再現可能か
前回、フランスの社会学者ピエール・ブルデューの社会学について紹介し、ChatGPTとの関連性について考察しました。
今回は、このブルデュー社会学における「文化資本」と「美的性向」についてさらに深掘りしつつ、ChatGPTによって「美的性向と階級の相関関係」が再現可能か?という議題について考察していきたいと思います。
ブルデュー社会学と文化資本
前回の記事のおさらいとして、ブルデュー社会学では
「私たちの日常的な文化的行為、すなわち趣味は、学歴と出身階層によって規定されている」と主張しています。
家にピアノがあったり周囲にピアノが弾ける環境がないとピアノに興味を持つことはできませんし、日常的に絵画に触れたり美術館に行ける環境と経済資本がないと芸術に興味を持つことはありえない。
つまり、「こうした文化的行為や趣味は全て教育の産物である」というのがブルデューの主張になります。
加えてブルデューは
絵を所有すること
外国語を身につけること
良い大学に行くこと
上流階級のマナーを身につけること
と言った行為者が身につけた文化的行為や趣味は、階層構造の中で資本として機能すると考え、「文化資本」という概念を創りました。
例えば絵画作品を所有することは、作品の市場価値に相応しい経済資本を所有していたり、その芸術的価値を見極めるだけの鑑賞眼を持っていることを表している、と考えられるわけです。
ブルデュー社会学における美的性向
ブルデューは文化資本の中でも、美的なものを美的なものとして評価する傾向性や能力を総じて「美的性向」と名づけました。
自身の最も有名な著書である「ディスタンクシオン」において、ブルデューはこう述べています。
加えてブルデューは、「こうした美的性向とは生まれながらに備わっているものではなく、歴史的に作られるもので、しかも階級に相関性がある」と主張しました。
これはどういうことでしょうか?
美的性向と階級は相関関係にある
ブルデューが「ディスタンクシオン」以前に執筆した「美術愛好:ヨーロッパの美術館と慣習」において、美術館に行く回数には露骨な階級差があり、上流階級ほど行く回数が多く、下層階級ほどあまり行かない傾向があるという調査結果が得られました。
加えて前回の記事でも、学歴の高いパリの上級技術者と貧しい階層に属するパリの労働者とでは、写真に対する感想が全く異なり、かつ回答者の学歴と感想が相関するという調査結果を紹介しました。
この点に関して、ブルデューはこう述べています。
つまり、技術作品の素晴らしさを受容できるのも、その知識や態度といった基盤を家庭や学校から学んでいるからであり、こうした背景から美的性向が階級と相関関係にあるというのがブルデューの主張になります。
「美的性向と階級の相関関係」はChatGPTで再現可能か
ブルデューは前述した美的性向と階級の相関関係を分析するために、「民族舞踊」といった大衆が素晴らしいと感じるありきたりな被写体ではなく、あえて社会的に無意味とされているものを被写体に選びました。
それはなんと、「その辺に生えているような何の変哲もない木の皮」です。
ブルデューは様々な学歴の人々に対して木の皮の写真を見せ、美しい、面白い、つまらない、見苦しいのどの感想を持つかを調査しました。
その結果、学歴が高い人ほど写真に「美しい、面白い」といった感想を持ち、学歴が低い人ほど「つまらない、見苦しい」といった感想を持つ傾向が見られました。
今回は、ブルデューが行った調査結果がChatGPTによって再現できるかどうかを実験していきたいと思います。
実験の設定
最初に、ChatGPT(GPT-4o)のCustom Instructionsを用いてフランス語で
「Je suis un ouvrier parisien appartenant à une classe pauvre.」(私は貧しい階層に属するパリの労働者です)
「Je suis un technicien supérieur parisien très instruit.」(私は学歴の高いパリの上級技術者です)
という2人分のペルソナを付与し、その後にChatGPTに対して
「On vous montre une photo.
Parmi les impressions suivantes, quelles sont celles qui vous viennent à l'esprit : belle, intéressante, ennuyeuse ou peu flatteuse ?
Dites-nous ce que vous en pensez personnellement, et non en termes généraux.」
(あなたに一枚の写真を見せます。
あなたはその写真を見て、美しい、面白い、つまらない、見苦しいのどの感想を持ちますか?
一般論ではなく、あなた個人の感想を教えてください。)
というプロンプトを入力し、それぞれのペルソナの回答を比較します。
1.貧しい階層に属する労働者のペルソナ
はじめに、労働者のペルソナの回答を見てみましょう。
少し長いですが、日本語で要約すると以下のようになります。
このようにブルデューの実験と異なり、貧しい階層に属する労働者のペルソナは木の皮に対し、Intéressante(面白い)とBelle(美しい)という感想を持つという結果になりました。
学歴の高いパリの上級技術者のペルソナ
次に、上級技術者のペルソナの回答を見てみましょう。
こちらを日本語で要約すると以下のようになります。
このように、学歴の高いパリの上級技術者のペルソナにおいても、木の皮に対してIntéressante(面白い)とBelle(美しい)という感想を持つことが確認できました。
実験まとめ
ブルデューの調査と今回の実験結果を整理すると、木の皮の写真を見た際の人間とChatGPTの感想は以下のようにまとめられます。
学歴の低い人間=ennuyeuse(つまらない)、peu flatteuse(見苦しい)といった感想を持つ
学歴の高い人間=Intéressante(面白い)、Belle(美しい)といった感想を持つ
両者の性質のペルソナを与えたChatGPT=どちらのペルソナにおいても、Intéressante(面白い)、Belle(美しい)といった感想を持つ
これらの結果から
ChatGPTにはブルデューが提唱した「美的性向と階級の相関関係」と同様の傾向は見られない
と言えるのではないでしょうか。
加えて、ChatGPTが模倣した両者のペルソナにおいて、何度実験してもennuyeuse(つまらない)、peu flatteuse(見苦しい)といった階級の低い人間が持つ傾向にある感想を出力することはありませんでした。
この「ChatGPTは与えられたペルソナの学歴・階級に関わらず、実世界における高学歴・高階級の人々の傾向を模倣する」という現象は前回の記事の実験でも見られており、非常に興味深い結果であると言えます。
ブルデュー社会学とChatGPTの関連性についてはまだまだ不明瞭な部分が多いため、またどこかのタイミングで触れたいと思います。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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