荻原博子「10年後破綻する人、幸福な人」読書感想文
国民の3大義務は、教育、勤労、納税。
法律で定められているのも知っている。
だからだろうけど、司法で裁かれる場で無職を名乗るのは、それだけで罪悪に等しい。
なんてたって、3大義務のうち、すでに2つを果たしてないのだから。
誰とはいわないが、そこから教育もすっぽりと抜けている者となると、裁判長の目線では非国民となる。
逮捕されて留置も調べも長くなりそうだし、実際に収入が絶えるのだから無職としたほうが正確だし、余計な話もなくてすっきりする。
それでも弁護士は「裁判で無職だけはやめたほうがいいです」と切に止める。
刑事だって「逮捕されたときの職業でいいから」と供述調書では職業は盛り込む。
その流れで、法務省所管の受刑者になっても、出所と同時に無職を名乗るのは許されない。
そのために、官製の “ 就労支援 ” というのもある。
再犯する者の半数は無職だからと、言ってることはよくわかるのだけど、ここでの就労とは賃金労働一択しかない。
商売をやるとか、自営とか請負とか家業とか、フリーランスもそうだし、ましてや仲間内でなんていう働き方は「認めない」となる。
ネットを使うなど言おうものなら「また犯罪の道に入ったりでもしたら・・・」と、就労支援の刑務官は本気の真顔で反対する。
ただ、そのあたりに農業がわずかにでも絡んでいるなら、農業は犯罪からいちばん遠いところにある統計でもあるのか。
それに農作物を作っている人は心が綺麗だと単純に思っているフシもあるけど、なぜか別枠としてすんなり認められる。
就労支援を受けないと、仮釈放にも影響する。
で、就労支援を受けてきた元美容師の621番の江口君が、昼休みに悩んでいる。
就労支援で紹介された仕事は、淡路島でタマネギの選別を時給880円でやったらどうだ、というもの。
刑務所としては、それができる人間をたくさんつくりたい。
誤解がないように補足すると、国民の3大義務は当然のことだし、賃金労働だって重要なもの
タマネギの選別だって小バカにしているわけじゃない。
淡路島だっていいじゃないか!
メシがうまそうだ!
・・・ 話がとんだ。
そんな状況で読んだ本の感想である。
で、刑務官のあなた方よりも、受刑者のほうがよっぽど世知というものをわかってます、ということだけは今でも面と向かって言ってやりたい。
選本した理由
官本にあった本。
タイトルで決めた。
果たして自分は、10年後に破綻する人側のほうに入るのか?
それとも幸福な人側にはいるのか?
自分なりに確かめたくある。
著者はまったく知らない。
プロフィールには、経済ジャーナリストとある。
が、経済ジャーナリストのいうことなどアテにならない。
歴史に名が残るほどの経済学者にしても、事業や投資で儲けることができた人は、たったの3人しかいないとテレビでみた記憶がある。
現在では竹中平蔵を入れて4人になるらしいけど。
ともかく、その程度のことだと借りてみた。
人に優しい内容
4時間ほどで読み終える本。
とても人に優しい本だった。
タイトルからして “ こういう人は破綻するからこうすべき ” といった煽りや断言のオンパレードかなと予想していたのに、それらは一切ない。
肩透かしの気分。
「今と同じくらいの普通に安定した生活をしていきたい」とか「老後に食べるのには困らず、ときどき旅行ができたらいいな」といった、このくらいが常識的な普通の人の望みでは・・・というのが経済ジャーナリストである著者の荻原博子の根本にある考え。
ここからして、すでに人に優しい。
経済ジャーナリストというより、家庭を営む奥さんの匂いを文面からは感じさせるが、これは懲役病の末期である妄想といえる。
とにかくも、経済ジャーナリストである著者からは、プロの理屈をこねくり回して素人を納得させてやろうとの気負いが全く感じられない。
解説には納得感がある
素人が率直に「これはおかしいのではないか?」とか「これはちがうのではないか?」と感じる事柄は、その分野のプロがどのように理屈をこねくり回して納得させようとしても、結局はぼんやりとした疑問が残る。
だけど、この著者の解説にはすんなりとうなづける。
「ギャンブルみたいなものに左右されるような生活ではなく・・・」というあたりは、まるで母親に説教されているようではないか。
骨にまで染みる。
今となっては素直に「はい」と言える、反省交じりの納得感がある。
生活の監督者としての目線がある
景気動向、株式相場、財政、投資、年金、介護、不動産、と普段から耳に触れる経済の項目から、生活に大きく関わりがある部分を取り出して、実態を解説して、わかりやすく明らかにしていく。
ものすごい情報が書かれているわけではない。
基礎知識のみを集成しただけの解説だけど、決してあきることがない。
数字を挙げて例えを出して、対処法を導いていく。
それが極端ではなく、またバランスが絶妙にいい。
自身の論の正当さの主張に終始しないで、読者の生活に役に立つことを第一としているのが伝わってくる。
年金についての解説
著者は厚労省の数字のトリックを指摘して、年金制度の危うさをこれでもかと露にしていく。
が、一方で、年金制度は破綻しない、だたし支給される金額は少なくなる、受給開始の年齢も上がると解説する。
そして年金の大事さを説く。
年金には、遺族年金も障害年金も含まれるので、万が一のときは、子供が成年するまでの養育はなんとかなります、と。
そして貧乏人にも優しい。
生活が苦しくて、国民年金が払えないという人は免除の申請をしなさい。
たとえ免除であっても、万が一のときの遺族年金も障害年金も支給されます。
どうしてかといえば、年金の支給額の2分の1は税金なので、税金分は支給されるのです。
免除だからといって遠慮しないで、堂々と受け取りなさい。
・・・これが、いわゆる “ 寄り添う ” というものかと実感させる。
病気や収入についての解説
病気になって入院しても、高額医療制度があるので、治療費で家計が破綻することはありません。
でも、万が一の収入減にも備えましょう。
生命保険と教育費を見直せば、家計は1割減します。
多くの人が生命保険に加入していてますが、どうしてかといえば、万が一のときに残された子供が心配だからです。
それなので、子供がいない人であれば、多額の生命保険は必要ないのです。
そして気をつけなければいけないのは、教育費の見直しは子供の意思を最優先にすること。
・・・細かい目配りがあるではないか。
貧乏人から病人から独身者から子供まで。
経済の語源を思い出した
読んでいるうちに、経済の語源が “ 経世済民 ” だと思い出した。
著者は “ 経世済民ジャーナリスト ” と改名してもいいくらいに民を救おうとする気持ちが伝わってくる。
読み終えてみても、自分は10年後に破綻する人側に入るのか、幸福になる人側に入るのかはわからないが、著者はすべての人が幸福になる人側に入るように書いている気がする。
そのくらい人に優しい本だった。
女性のみが発することができる命令口調ってある。
言い方は優しいけど、強制力を伴っていて、またその強制力が心地よさも両立させている女性の命令口調ってある。
著者の文章からは、それらも感じられた。