お通しの顧客満足

ミステリーショッパー


マーケティングリサーチにミステリーショッパーという手法があります。覆面調査ともいいます。

その名の通り、調査員が、銀行強盗よろしく覆面をかぶって調査します。

…のではなく、調査員の身分を隠し、一般客として利用し、商品やサービスを観察。

主に、顧客満足を高める業務改善や、格付けを目的に行われます。

格付けで有名なのが、ミシュランガイド。発売から3日で初版10万部が売れるベストセラー。

顧客満足を高める業務改善を目的として取り入れている業種は幅広く、ホテル、飲食店、医療、美容室、銀行、コンビニ、エステ等、サービスを提供する全ての業種業態で、従業員へ知らせずに覆面調査。


海外では行政機関も活用していましたが、近頃の日本でも、橋下前大阪府知事の命により府立図書館が行い、高評価を得ました。

オーストラリアの鉄道会社では、社長自らが新入社員に扮して、ウェイターやポーターに従事したり、厨房へ入ることにより、従業員と顧客の両面から現状を調査して業務改善命令を出した例も(但し、これはテレビ番組の企画)

このようにミステリーショッパーは、あちこちで行われていますが、現場へ対し秘密裏に行われるため、意外と知られていない。

その実、ミステリーショッパーの調査件数はウナギのぼりで、覆面調査士認定機構によると、2006年には3万件だった調査件数が、2011年には2倍の6万件に達した。

推察するに、インターネットの普及によって、SNS等を通じ、クチコミの影響力が看過できないほど強大になっている模様。

ぶっちゃけ「ヘタなことを書かれたら、商売あがったり」ということでしょう。

顧客の喜びを高めるための調査

覆面調査士なるものが如何なる士業なのか昨今の業界事情は知りませんが、プロの知識と経験を必要としない通常の調査では、一般公募の素人が調査にあたります。

マーケティングリサーチ専門の会社には、そうした調査員が数多く登録されていて、難易度や専門性に応じて調査員を派遣してくれる。プロのリサーチャーがいます。

火急の案件や、予算等の都合により、リサーチ会社へ依頼する余裕のないときなど(筆者は)人材派遣会社へ事情を話し希望者を募っていた。2~3日で数十人を集めることができます。

そうして集めた調査員に、ミステリーショッパーの手順をレクチャーし、調査結果をまとめてレポートします。


但し、素人の調査員は玉石混合で、観察力や洞察力の高い人もいれば、ギャラを払うに値しないレベルの人もいます。

前者の報告は、手に取るように調査風景が目に浮かぶ。後者の報告は、あとで自ら覆面調査し直さなければレポーティングしようのない二度手間に陥りまう。

一方、調査される側にとって、覆面調査というと「すわ!あら探しか?」と戦々恐々とするらしいのですが(苦笑)、

「どうすれば顧客が喜ぶか」

の視点で観察するため、粗探しではなく、建設的かつ発展的に観察調査する。

どこをどう変えればどう良くなるか?の提案がレポートに含まれていなければレポートは受理されない=請求書を出せませんでした。


たとえば、旅館業で過去に提案した「育児のための休暇、早退、遅刻の容認」が採用されたこともあり、仲居さんたちには、すこぶる好評を博しました。

よって、調査される側としては、自らの仕事に自信と誇りがあるならば、覆面調査に臆することなく、むしろ歓迎したほうが良い場合もあります。

以下余談。
覆面調査ではないが、営業マンの顧客満足調査を提案すると、頑なに拒む営業マンが時折います。

なぜ拒むのか、理由は火を見るより明らか(笑)

お通しと顧客満足

ミステリーショッパーではないが、つい先日、30年来からの友人と飲む機会がありました。

「どこで飲みましょう?」

「近場にしましょう」

と、宿泊中のホテルに近い居酒屋へ飛び込んだ。

魚がウリの居酒屋らしく、しらすの小鉢がお通しに出てきて問うて筆者、

「このお通しは、有料?」

答えてホールスタッフ、

「はい、有料です」


「お通しが有料だと、顧客満足度は低くなるんだよ?」

「は?」

「知ってた?」

「あのぅ~、意味がよく分からないんで、店長に聞いてきます」

「いやいや(笑)聞かなくていいよ」

そんな会話があったあと、店長が飛んで来て、

「お通しが有料だと、顧客満足度が低くなるとか?」

と訊ねられることは、ありませんでした。察するに、


・スタッフが店長へ報告しなかった

・報告を受けた店長が無視した

・忙しくて、それどころじゃなかった

・関西では「つきだし」と呼ぶため「お通し」の意味が分からなかったか何らかの事情があったのでしょうし、

我々としても、店長さんへ教える義理などないのだから、それはそれで構わないにしても、
今日び、顧客満足の四文字を知らない接客スタッフがいるのには驚きましたねえ。(たとえアルバイトだったにしても)それが現実。

ミステリーショッパー以前に、コンタクトポイントが如何に重要か、その基本を教えずに接客させているケースが意外と多いのかも。

お通しは、契約なき商取引

その友人はメーカーの商品開発部長(事実上のマーケティング部門長)だけに、

「お通しが有料だと、顧客満足度が低くなるんですか?」

と、さすがに聞き逃しませんでした。

お通しは「お客さんを席へお通しして下さい」という、板場から仲居さんへのサインが始まりといわれています。

席料やサービス料の意味もありますが、スナックバーでは席料(テーブルチャージ)とは別にお通しを出す店が。さらに、チャーム(菓子)まで出す店があります。

「座っただけで数万円」のカラクリは、席料+サービス料+お通し+チャーム=数万円という店側の論理によります(店側の論理←ここが重要)

それを世間はボッタクリと呼びます(笑)


そもそも、パーミッションマーケティングを持ち出すまでもなく、購入の許可を示す前に(内緒で)課金するのは、頼んでもいない商品を強制的に押し売りする犯罪に近い。

「は、犯罪だなんて、野暮なことを」

という反論もあろう。確かに、宴は文化であり、通や粋、暗黙の了解といった特殊観念が罷り通ります。

「お通し一つにガタガタいう貧乏人が酒なんか飲みに来るんじゃねーよ」

という暴論さえ罷り通る(笑)がゆえに、その文化に甘んじてきたともいえます。
お通しの意味を深く考える必要がなかったといっていいでしょう。


そもそも商取引は「この商品を売ります」「それ買います」という両者の合意に基づく契約が基本。

その合意なくして、勝手に課金するのだから、商取引の基本に反しているのが顧客満足低下の一つ目の理由。

要するに、お通しは、商売道の原理原則から外れています。

道から外れることを、外道といいます。

お通しは、選択権を簒奪する

二つ目は、選択権がないこと。

「選ばせよ。選ばれれば売れる」

という付加価値マーケティングの選択論に反し、来店客は、お通しを選べません。

出てきた食品を、黙って食べるか、箸をつけずに残すしかありません。

黙って食べさせる  →  選ぶ楽しみや、所持金を何に使ってもいい消費の自由を奪うルールの押し付け。

残して捨てる → モッタイナイが世界共通語になりつつあるなか、
時代に逆行する前時代的な考え方。
4秒に1人が死亡している飢餓指数の高い国々に申し訳が立たない蛮行。

それでも何故お通しを「黙って食べさせる」のでしょうか?


なぜなら、お通しは、利益率の高い、売りたい商品だからです。

お通しを観察してみれば分る通り、

  • 原材料費が低いか

  • 大量に作り置きできるか

  • 食材ロスで作った料理

が多い。食材ロスの有効活用は合理的で良いにしても、だからといって選択の自由を奪う理由には当たらないでしょう。

以上のようにお通しは、安く仕入れて高く売れる「売りたい商品」です。

売りたい商品を強制的に売るのだから、その利益率たるや適正以上であることが容易に理解できましょう。

「儲けるな」といっているのではなく「正々堂々と儲けよ」ということである。


これまた観察して頂ければ分る通り、お通しの値段は、大体、客単価の10%に設定されている飲食店が多い。

・客単価3,000円なら300円

・客単価5,000円なら500円

・客単価7,000円なら700円

と、大体300円~700円が多い様子。客単価の一割がほぼ丸儲けになるのだから、やめられないのも頷けます。

店側の論理としては。

が、それは、お金を払う側の論理ではありません。

(居酒屋等の)お通しは、お客さんのタメではなく、お店のためにあるということは、

お金を払う側は、自分の論理に適うところへお金を払う=顧客の論理が通じない店には行かず、

通じる店へ行くという、当たり前な現象が起こります。


三つ目は、飲食費が概算であること。

たとえば、連れ立って居酒屋へ行く時、あらかじめ、

「今日は、お通し300円、生ビール600円を2杯で1,200円、枝豆400円、冷奴300円、焼魚800円の五品を注文する予定。合計で一人3,000円」

と決めていく酒徒は皆無でしょう。

チラシを見てスーパーへ買い出しへ出かけるのとは異なり、メニューの単価はにせず、ほとんど、

「今日の予算は5,000円くらいかな」
とか
「一万円でお釣りが来ればいいや」

総予算で考えがち(たとえカード払いでも)

その証拠に、飲食店側も、単品の料金表示とは別に、

「昼は××円~××円。夜は××円~××円」

と総予算を提示している他、客単で売上を予測しています。


ところが、お通しは、念頭にある総予算の約10%を侵食します。

お通しが無ければ、想定している予算内で、好きなものを飲食できますが、その自由と金銭が強制的に奪われるのですから、顧客満足度が下がるのは自明の理。

こうして、お通しが有料だと、顧客満足度は低下します。

低下すると、どういう不都合が起こるか、改めて説くまでもありません。

お通しの未来

以上三項目の分析くらい飲食業界は行っていると思いますが、
顧客満足を知らずに客前へ出る前述のホールスタッフ(コンタクトポイント)がいたように、
案外、お通しと顧客満足の関係は追究されていないのかも知れません。

そんな瑣末なことを追究しなくても商売できますし、それどころか、五年先までのれんを掲げるつもりのない飲食店も多く、

  1. 店側の論理と

  2. 業界の慣習と

  3. 3)宴の文化

がある限り、お通しは無くなりませんが、お通しの意味を今に残す懐石のような席でもない限り、形骸化したお通し等は廃止するか、あるいは、

◎今日のお通し「マグロのアラ煮」400円

と表示したうえで「お通し出しましょうか?」と許可を得るほうが顧客のタメ、ひいては店舗のためになろう。パーミッションマーケティングです。


お通しの粗利を確保したければ、価値を付加するプラスマーケティングの考え方で、先付けのお通しとは逆に、

◎今日のシメ「しじみの味噌汁」400円

と、最後の一品も提案することにより、お通しを断られてもシメの一品で粗利を取り戻すこともできれば、お通しとシメの両方で、粗利を二倍にすることができます。

もちろん、味噌汁を売るのではなく、貝類と味噌が肝臓に良い効果効能を売ります。

酒飲みほど(筆者のように)肝臓を大切にしたがるからです。

ミステリーショッパーではないが、お通し一つ見るだけで、その店舗の経営者が、顧客満足に取り組んでいるかどうか見えてきます。

そんな視点で飲食店へ行ってみると、おもしろい光景に出会えるかも知れません。

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