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【書評】鷲田清一『老いの空白』 

 「人生の入り口と出口をくぐり抜けるのがとても難しい時代になった」

そう著者は語る。大量消費社会の住人たちは早く成長することを求められ、社会のきまりに、経済システムに従うことを求められる。いかに社会適応するかが鍵なのだ。

 子どものなれの果てが老人なら、現代社会の主役はめでたく適応した子供と、過度に適応した老人ということになる。そんな世界はごめんだと言いたいが、すでにそうなっている。人々はまるで生きているかのように死んでいる。

ポルポトは<人民精算計画>なるものを立てた。四十歳以上の人間は生きる価値なしと見なし、殺人を正当化した。

 いま世界中の国々では若者の抑圧と老人の既得権維持という構図があらわになっている。かつては年功序列があり終身雇用があった。人生処法の定式があり、いわば順送りの生き方ができた。でもそこに未来はなかった。

 ひとりの老人として言わせてもらえば、あっという間の七〇年だった。きのう生まれたなかりなのにといまも感じている自分がいる。なしくずしだ。

 ひとりの老人としてさらに言わせてもらえば、年寄りから金を吐き出させたければ社会保障システムを充実させるべきだ。太陽作戦がベスト。金利生活者の自殺率が高いという統計もあるらしい。

 またさらに言わせてもらえば、若者を叩くべからず。彼らは学校や教育機関の欺瞞と怠惰によく耐え、企業の過酷な就業条件に対抗し、社会と家族からの侮蔑と闘っている。年寄りがかんしゃくをぶつける相手ではない。

 そして何度でも言わせてもらう。子供は死んで大人になるのか、それとも生きのびて大人になるのか、その先は?

老いの空白 (岩波現代文庫) 文庫 – 2015/1/16老いの空白 (岩波現代文庫) 文庫 – 2015/1/1

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