虎になれぬヒト
「何者にもなれなかった彼は虎になってしまった」
そんなおはなしを、昔、読んだ気がする
それはきっと、不幸なおはなし
「ああはなるなよ」と後ろ指をさして嗤う
何にも持たない人間というものがたり
彼は虎になったのだ
野を駆け兎を食らい 血に飢え血に生きる刹那
彼がそれを望まなかったとしても
それでもまだ満たされぬ怒りを 彼はまだ持っていたのだろうと
彼は彼の表現で、そこに在る
彼が失ったのは家族でも、名誉でもなく、きっと言葉だ
それはとても恐ろしいことのようにも思えるのだけれど
言葉にはじまる「ニンゲン」を捨てられた彼は
わたしたちより幾分か幸せだったのかもしれない
バターのように溶けていった「彼」という概念はきっと
死というゴールを迎えていない
言葉を超えていくとはそういうことなのだ、きっと。
なにものにもなれずして僕は
今日も社会というジャングルに紛れる
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