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反転授業をしたいのでいろいろ試みているという話

現在、仕事の一部としてIT系の専門学校で講師をしている。
その中で他の講師の話を聞いたり、生徒の話を聞いたりしているうちにいろいろと思うことがあって反転授業を目指した教育のやり方を試みているので、その話を書いておきたい。

結論から話すと、反転授業、ないしは反転学習は現代の若者に大きくプラスになりそうだと手応えを感じている
他の教育者の方の意見も聞きたいが、残念ながら自分の所属する学科では伝統的な授業をする講師しかいないためnoteで書くことにした。


反転授業を目指す経緯

そもそもの話だが、教育論など教師の数だけあると言っても過言ではないし、生徒も独自に「こうしてくれたらいいのに」があるため教育に正解などない。
そのときの教える側・教えられる側のモチベーションやテンションもあるのだからこれは仕方ない。たぶん天気ですらそこに関係しているだろう。

ではなぜわざわざ自分が学生時代に受けてきた授業の方式の枠組みから出るのか。
それは普通の授業が鬼のようにつまらないと感じていたからだ。
先生話す、先生書く、生徒聞く、生徒書く…以下エンドレス。これはこれで合う人には合うのだろう。

この従来型の授業形式は、たとえば識字率を向上するとか、たとえば画一化された教育水準まで押し上げるとか、そういったときには便利だとは思う。
実際に、この形式であっても一定数マジメに取り組んでくれる生徒はしっかり能力を上げることができるはずだ。

だが、いろんな物事がインターネットを介して手に入る時代に、一個ずつコードの構文を話して教えることになんの意味があるのだろうかとも思う。もちろん最初は教えたんだ。それこそ手取り足取り。
だがどう考えてもググれば秒でわかることであり、どんなプログラミングの本を読んでも1日目に読む中に入ってくることを話している自分に違和感を覚えた。

「自分が教えることの価値はそこにはない」

こんな傲慢な考えが頭をもたげた。
というわけで変えることにした、というのが反転授業を目指す試みを取り入れた経緯だ。

実際どんなことをやっているのか

教えている内容の中に、どうあがいても理解に苦しむものがある。
(主にC++とDirectXだ)
これらはある程度ちゃんと話して説明しなければ理解が遠のく。
これに関しては反転授業的なやり方だと生徒を疲弊させてしまうため、わりとしっかり教えているが、これも少し今までのやり方と変えた。

まずは夜中にアホほどコードを書くことにした。生徒に共有するためにそれをGitHubリポジトリにアップしておく。
もちろんコメントも細かめに書く。

そしてこれを授業でまず共有する。
そして書かせながら説明する。自分の手で書いた内容を、説明によって思考をトレースさせながら頭に入れる、という方法を試している。
手で書いた内容に講師である自分がどのようにそのコードを理解しているのかという頭の中をそのまま踏襲させたいのだ。
これはまだ効果のほどがわからないが、ひとまずC++もDirectXも難しすぎるだろ、と自分も思っている。昔、「C++完全に理解したわ〜」とか調子こいていた自分は1,000回くらい誰かに殴られても文句を言えない。

さて、本題の反転授業への試みだ。
これは単純に「教えること」をやめた。こちらから「教える」のではなく、ひたすら「質問できる環境を整える」ことに専念している。

教える内容柄、GitHubを初期から使わせているが、そこでIssueを作らせ、メンションで質問させる。
だがこのやり方はもちろん他の講師などにはおすすめできない。THE時間外労働だからだ。もちろんお金はもらえない。

さらにとにかくプロジェクト型で進めさせる。
個人開発にしたりチーム開発にしたり、開発するもののアイディアからゼロベースで作らせたり、こちらからある程度ジャンルを絞ったり。
手を変え品を変え、自分たちで自分たちをコントロールする術を学んでもらっているのだ。最近では自分がPMとしてタスク管理の基盤を作ったうえで、徐々にタスク管理というタスクそのものを移譲することで「自らたちで自らたちを管理する」という社会人として絶対的に必要なスキルを身に着けさせようとしている。

他にも細かいことだが、欠席者に対する厳しさを増したり、肘をついた状態でコードを書かせなかったり、ショートカットを使うように強要したりしている。
また、「プロとして」という文脈で語るようにもしている。

そう、我々は彼ら彼女らをプロにしたいのだ。

プロのクリエイターを生み出すということ

自分は主にエンジニアやPM、PdMを育てることを生業としているが、ひっくるめてクリエイター全体を育てることにフォーカスした仕事でありたいと思っている。
クリエイターとはアーティストとは違う。芸術家のふるまいと創造者のふるまいは似て非なるものであるという考えがある。

そこにプロという文脈を使うということは、自分たちの手で作り出したもので金銭を稼ぐということだ。
相手も何かのプロであり、そこで稼いだ金をいただくのだから、当然ながら自分たちもプロでなければいけない。

今の教え子たちが、将来そういった態度で仕事をしてくれれば、きっと日本のIT産業やゲーム産業における一助になると信じている。
最近はLMS(学習管理システム)自体を自ら開発しようかとも考えたが、あまりにも時間が足りなすぎてまだ設計すらまともにできていないのが悔しいところ。(YouTubeを始めてしまったことが大きい…)

まだまだ自分にできることは大量にあるので、これからもIT教育者として身を粉にして働いていこう。
もしこの教育といったコンテキストで意見がある方はぜひ意見交換させてもらえたらうれしいので、コメントでもXのDMでもいいのでご気軽に連絡くださいm(_ _)m


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