農家としてやりきった

十勝の田舎町で暮らしている。僕はきのこ農家だ。数年前に地域おこし協力隊として移住し、そのまま就農した。経営は上手くいってはいない。とはいえ販路がないわけではない。選ばなければある。名の知れたところからオファーを頂いたこともあった。だが、断ってしまった話も多い。”ちょっと高級”では続けられないからだ。

仮に、規模の大きい案件を頂いてしまったら、おそらくそこで終わってしまうだろう。もがくこともできなくなってしまう。他に割ける在庫が無くなってしまうからだ。僕はそれが怖かった。故に飲食店へ卸す余力はまだある。

理想は東京、札幌、帯広のお店に1件づつ卸す。僕もプロ農家のはしくれ。プロの料理人の手伝いをしたい。”ちょっと高級”の価格でも卸したいのだ。実現しているのは札幌と帯広。どちらもトップクラスの飲食店。僕のきのこを必要としてくれている。本当にありがたいことだ。

あとは東京。僕は戦略を練った。これまで上手くいかなかった理由の見当はついている。すべてをひとりで行ったことだ。それでは遠くへは行けない。僕に必要なのは人に頼ること。それを念頭に戦略を練ったのである。

結果から言うと、いい案は浮かばなかった。いや、案は浮かんだが上手く行ける気がしなかった。何度もシミュレーションを行ったが成功のイメージが描けなかったのである。

けれども、部分的に強行してみた。これまで上手くいかなかった理由はもうひとつある。いつも正解を求めていた。本当に大切なのは「楽しそうなこと」を選ぶこと。故に部分的に強行してみたのである。

そこに打算的な思惑はなかった。だが、なぜか結果的に東京の飲食店へ有料サンプル的なものを送ることになった。理想の価格でだ。これなら続けられる価格。きのこの大きさには頼っていない。おそらく業界内では前代未聞の出来事だろう。戦略を実行したわけではない。単に「楽しそうなこと」を求めた結果だった。

僕は嬉しさを通り越して気が抜けた。思えば僕は物を売ることが苦手だった。それでも東京の飲食店と繋がることができた。有名なお店だ。知名度は高い。偶然とはいえ営業マンとしては大合格の結果だろう。やりきった。そう思うと気が抜けてしまったのである。

栽培の方も順調だ。近隣の農家さんには負ける気がしない。扱っているのは難しい菌種。それで、これだけの量を出しているのも珍しいらしい。卸している飲食店さんからも贔屓にされている。イベントに出店すれば人気のブースだ。生産者としても大合格の結果だろう。

やれることはやりきった。これで上手くいかなければ、僕の努力不足であっても悔いはない。すこし寂しいが離農も仕方ないだろう。そう思っていたら、次の機転が舞い降りてきた。これも「楽しそうなこと」を求めた結果だ。どうやら、もうすこし僕の悪あがきは続くみたいだ。


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