価格を上げた

十勝の田舎町で暮らしている。僕はきのこ農家だ。小規模に栽培しているので運営は大変。売り方にも努力が求められている。経験の浅かった僕はすべてを試してみた。そこで学んだことのひとつに『価格の付け方』があった。

単純に考えれば、栽培や販売に掛かった金額を価格にすればいいだろう。自身の人件費も全国平均にしておけば、胸を張って価格を提示できる。そこに純利益を10%ほど上乗せすれば優良農家だ。どんなに高くてもボッタクリ価格ではないのである。

もちろん、いわゆる企業努力は必要だ。無駄な経費は省いた方がいい。けれども、必用な経費を省いてしまえば続けられなくなってしまう。そもそも、無理をしないと市場価格に合わせられないのであれば、それは需要と供給のバランスが崩れている証。はじめから勝ち目のない勝負をしている可能性が高い。消費者にボッタクられても仕方ないのだ。

「生産物に付加価値を」。この言葉は僕の業界でも希望の綱となっている。勝ち筋とはそれのことだと思ってる人も多い。とはいえ、元々『原木栽培』という付加価値が付いているから、胡坐をかいてる人も多い印象。そこに落とし穴があるにも拘らずだ。

肌感覚だが『原木栽培』のブランド力は以前より落ちている気がする。おそらく擦りすぎたのだ。原木栽培は参入障壁が低い。技術や知識が無くても少なからず収穫は見込める。菌種の開発が進んだので尚更だ。故に栽培を甘く見ている者が参入してくることも多い。栽培は上手くいかないが市場には出回る。『原木栽培』の襷をかけてだ。しかし、消費者も馬鹿じゃない。分かる人には分かる。ブランド力は落ちる。生産量でカバーするために、生産者は栽培効率の良い菌種や方法を選択する。菌床栽培との差は縮まっていく。するとブランド力は弱まる。こうして負のスパイラスに飲み込まれていくわけだ。

僕はこのスパイラルからの脱出を試みた。勝ちにいくのではなく、負けない戦略をとった。菌床栽培との勝負には乗らないことにしたのである。具体的には、『原木栽培』を前面に押し出すことは止めた。栽培地である町の名前も然りである。現にイベント出店時のブースでは、これら一切のキーワードを排除したが、それでも売れたのである。

僕の設定した付加価値は『美味さからくる希少性』だった。これは失敗だったかもしれない。訴求しにくいからだ。おそらく時間が掛かる。僕の体力は最後までもたないだろう。けれども、この方法が一番確実だとも思っている。その効果は直売所を運営していたから知っていた。お客さんは誰かを喜ばすために、僕の生産物を買っていくことが多い。孫が帰ってくるから、実家に帰省するから、友達にあげたいから。そんな理由で買ってくれるお客さんが多かったのである。

だが、そこにも闇が広がっているように思えた。通常、誰かをもてなそうとするとき、費用が低すぎると後ろめたさを感じるのは僕だけであろうか。お世話になった人の家に持っていくお土産は、なによりその値段を気にする。高すぎても駄目だが、安すぎても失礼になると思ってしまう。だが、不思議と農産物の場合はそう感じない。安かろう悪かろうが当てはまらないのである。ものの良し悪しと価格が連動していないのが農作物なのかも知れない。

これはもう淡々とその価格で売り続けるしかないと思えた。価格は3,000円台。そこに量を合わせていく。一品を作れる量なら問題ないだろう。想定顧客は、誰かをもてなしたり、誰かに贈物を届けたい人だ。僕の生産物は、そんな人の助けになるだろう。自信はある。きっと喜んでくれるはずだから。

この価格にしてからも、少なからず買ってくれる人はいる。今後、僕のやるべきことは、この価格の担保となる信用を集めることだろう。正直に言うと時間は無いが、出来るところまでは全力で取り組むことに決めている。

300g/3,600円。奇しくも、この商品は業界内でも珍しいものになった。僕の知る限り、大きさ以外で勝負に出ている唯一のものだからだ。そのストーリーを広めることに頑張ろうと思う。


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