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人間はこーなりたい、あーありたいという理想があるから苦しむ。クソでだらしないままでなんの問題があるというのか。

オレはとてもひとの目が、ひとの反応が、ひとの心が気になる。

あんのことを言ってしまったけど、嫌われなかっただろうか。傷つけたり嫌な思いをさせなかったどろうかと、ひとり妄想し不安な気持ちになる。
それは最終的に、そのひとがオレから離れていって去ってしまわないだろうかというところに行き着く。

オレの中には、「ひとはみな離れ去っていき、オレはひとりぼっちになる」という強固なメンタルモデルがある。馬鹿馬鹿しい妄想だということは百も承知なんだけど、自分にとってはどうすることもできない呪いで、自動的にそう反応してしまい、数十年もこの反応に翻弄されつづけている。

この妄想は脳に物理的に強烈な回路として存在してしまっているというのが容易に想像できる。

この物理的な、電気的な、化学物質的な脳内反応を例えるのなら、大都会の幹線道路のようなもので、巨大なビルが建ち並ぶ街で、そこにまったく新しく別の幹線道路をつくり出すなんてことは、不可能に近いと感じている。

この強烈な「ひとりぼっちになる」というメンタルモデルをどうこうしようとするんじゃなくて、そのままを愛していきたいと思うけど、それは理想で、そうできないから苦しんでいる。

だからこのメンタルモデルをどうにかしようとも考えず、そのままの自分をそのまま愛そうともせず、クソでだらしないままでいる。

そんな自分を許すとか許さないとかじゃなくて、どうにかしようとしない。
だからと言って、どうにかしようとしないと頑張る自分になろうともしない。

要するに自分をどうにかしようとしない、それすらもどうにかしようとしない…、エンドレス♾️。

それは成長発展をしないかもしれないし、成長発展をしようとする自分をどうにかしようとしないから、成長発展するかもしれない。

すべてを手放すけど、なにひとつ手放さない。

そんな今日この頃である。

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