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河姆渡文化:新石器時代の中国を彩る、稲作と漆器の文化

浙江省に栄えた、世界最古級の稲作文化

中国の浙江省、杭州湾南岸から舟山群島にかけて、紀元前5000年頃から紀元前4500年頃という遥か昔に、河姆渡文化(かぼとぶんか)と呼ばれる高度な文明が花開きました。1973年の発掘調査によってその存在が明らかになったこの文化は、世界最古級の稲作を行っていたことでも知られています。


高床式家屋と多様な道具

河姆渡の人々は、頻繁な雨や湿気を避けるため、高床式の住居を建てて生活していました。遺跡からは、石器、木器、骨器など、多種多様な道具が発見されています。特に注目すべきは、中国最古の木製装飾品である「木雕魚」です。この精巧な彫刻は、当時の技術力の高さを物語っています。

稲作と食生活

河姆渡文化の基盤は、なんといっても稲作でした。発掘された大量の水稲のモミは、彼らが大規模な稲作を行っていたことを示しています。また、ヒョウタン、ヒシ、ナツメなど、様々な植物も栽培され、食生活を豊かにしていました。動物は、シカやイノシシなどの野生動物だけでなく、ブタやイヌといった家畜も飼育されていました。

陶器と漆器の芸術

河姆渡の陶器は、黒陶、紅陶、紅灰陶など、種類も豊富で、1000度近い高温で焼かれていました。幾何学模様や植物紋が描かれた器は、当時の芸術性を垣間見せてくれます。また、中国最古の漆器も発見されており、その美しい光沢は現代においても人々を魅了します。

気候変動と文化の興亡

河姆渡文化が栄えた時代は、完新世の気候最温暖期に当たります。しかし、その後、海面水位の上昇や気候変動が起き、文化は変化を遂げていきます。

まとめ

河姆渡文化は、新石器時代の中国において、稲作、家畜の飼育、そして高度な技術を持つ文化として重要な位置を占めていました。彼らの生活や技術は、後の中国文明に大きな影響を与えたことでしょう。

河姆渡文化の発見は、私たちに古代中国人の知恵と創造性を教えてくれます。

【免責事項】 本記事の内容は、あくまで一般的な情報であり、正確性を保証するものではありません。

参考サイト

(1) 河姆渡文化 - Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%A7%86%E6%B8%A1%E6%96%87%E5%8C%96.

(2) 河姆渡文化 - Wikiwand. https://www.wikiwand.com/ja/articles/%E6%B2%B3%E5%A7%86%E6%B8%A1%E6%96%87%E5%8C%96.

(3) 河姆渡遺跡 (カボトイセキ)とは? 意味や使い方 - コトバンク. https://kotobank.jp/word/%E6%B2%B3%E5%A7%86%E6%B8%A1%E9%81%BA%E8%B7%A1-46483.


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