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書くより感じて記憶する/向田邦子
向田邦子さんのインタビューより、ああ、これ、はいはい!と同意した文章
があった。
河路アナ/手帳みたいなのはじゃあ、お付けにならないですか。
向田さん/全然使いません。
河路アナ/じゃあ、みんな頭の中に入れとくわけですか。
向田さん/なるべくそうしようと。力んでるわけじゃありませんけどね。それしか手がないですね。それと、例えば何か見ましたときに、外国なんか行くと、書くんですよ。一行ぐらい。でもその書くときにね。書くよりも覚えた方がいいんですね。書くとそれを、景色だとか人だとかを、自分の中のあり合わせのことばで、一番手近に翻訳してしまいますでしょ。字にすることは、置き換えることですね。そうじゃなくて、ある“感じ”として覚えていて。その方が正確だろうと思うんですね。簡単にことばにしちゃうと、自分の中のありもので間に合わせてしまいますから。それは嫌なんですね。
感じたことを記憶しておく、その方がずっと心に残ってることがある。
20年以上前、パリへ行った際、カメラを持参しなかったので写真がない。今ほどスマホとか手軽に撮れるものがなかった時代だったこともあるが、フランスの、パリの空気を、この目と鼻と五感すべてを使って吸収して帰ってやろうじゃないか、と鼻息荒くしていた。
そのおかげで、遠い記憶なはずなのに、写真では収めることができない雰囲気や空気感を今でもはっきりと覚えている。物理的に残すより、味わったものの記憶の方が鮮明に体感として覚えていることがあるのかもしれない。なんでも文字や写真に残しすぎると、そのときの感じをするりと逃してしまうような気がするのだ。
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