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マッチングアプリ日記ep3.未完のサグラダ・ファミリア
「で、クリスマスまでって決めてマッチングアプリやってるんですけど、いまいちしっくりこなくて。やっぱりたくさん出会ってもうまくいかないなあって」
今日仕事ではじめましてだった、気鋭の研究者との飲み会で私がこぼす。こじんまりとした路地裏のスペインバル。私たちの他には大人な女子2人が静かにシャンパンで乾杯をしていた。余談だが私はスペイン料理が大好きだ。パエリアもアヒージョもアクアパッツァも最高だが、既に前菜のアンチョビだけでシャルドネは2杯目に突入していた。
「なるほど。ちなみに、アプリでどれくらいの人と知り合ったんですか」
この先生はひとまわり上で、おしゃれでこだわり強めの先生。専門はAI、データサイエンスや機械学習なだけあって、理論派極まった、風変わりな天才というイメージだ。今回は仕事のお疲れ会ということで付き合いの飲みにきている。
「そうですね、知り合ったのは10人くらいですかね。今やり取りをしているのは3人くらいですが…」
「ハイ????」
high?テンションがハイかってことだろうか。と首を傾げた(※酔っている)。クールそうな人から食い気味の「ハイ????」がきたことに私はびっくりしていた。
「ハ、ハイ…????」
「そーんな生ぬるいやり方じゃ1ヶ月やったって無理ですよ。それはアプリが合ってないとかアプリのせいじゃなくてあなたのやる気が全然だめですよ。10人?舐めていますね。それで合う人がさっさと見つかるような狭い世界ならもうとっくに彼氏はいますよ。5人くらいいるはずですよ。ドラえもんの漫画の中だと思っていませんか?ドラえもんの漫画はおそらく30人ほどいるはずのクラスメイトもなぜか存在せず同級生はのび太ジャイアンしずかちゃんスネ夫出来杉くんの5人の世界観ですからね」
「ハイ…?」
オシャレで渋めなイケてる人…のはずだが。
つい先ほどまでアンチョビを口に運び続けていた手はぴたりと止まっていた。
「いいですか。私は今の妻とティンダーで出会いました。まだティンダーがブレイクしたての頃、私は一日何回スワイプしたと思いますか」
「あ…100回?」
「2000回です」
なぜドヤ顔。と思いながらも私は神妙な顔で「すごいですね」と頷いた。
「10日間です。つまり合計2万回。2万回やる中でアプリが勝手に機械学習してくれたらいいんだが、ティンダーにはまだその能力がなかった。だから僕は手動機械学習をしたんです。つまり自分自身がどういう女の子と“合う”のかを、自分で学習して反映させてスワイプをしメッセージをしていくのです。これは直感スワイプよりも時間がかかるように思えて概観すると効率は最も良い。プロフィールでまず濾して、次にメッセージ、からの対面です」
「それで今の嫁にビビッときたのです。プロフィール画像がまず自分のセンスの好みにぴったりでした。ファッションが好きでマルジェラが特に好き、インテリアの好みも色の好みも合う。これだけ合うのが僕の理想だとわかっていた。プラスで漫画の好みも合う。即決でした。でもそれに会うまでの膨大なデータがないと僕は出会えなかったかもしれないし彼女を選び抜けなかったかもしれない。AIよりも不安要素が高いが人間にも学習はできるということです。ティンダーにいる関東の女性は枯らしましたよ」
「すごいですね!」
今回は心からの「すごいですね」が出ていた。
「なあなあに婚活をしてそこそこかなという人と出会ってただ結婚したいだけであればその調子でやっても出会えるかもしれない。でも君はまだ若いし見た感じ結婚に切羽詰まっていない。確率計算の母体をその怠惰で減らしておいて『いい人がいない』の嘆きは時期尚早というよりもはやナンセンスですよ」
私は今度こそ、うっっと心に刺さってしまった。まさに仰る通り。
「出会い」には運命やタイミングがあるとはいえ、アプリはそれらの不可能性を現段階では最高レベルに排除しているツールだ。だが私はその土俵で自分からいいねを送ったことすらない。
「この近辺の男を枯らしても無理だとわかってから落胆しなさい。まあその時はバルセロナにでも行って美味いパエリアを食べながら未完のサグラダ・ファミリアに思いを馳せていればいいんですよ。それは画面の向こうのしがない他人に人生を託すよりも格段に良い人生かもしれないですからね」
わあそれ素敵、頑張ってみようかしら、と、私はなんだか嬉しくなってしまった。
そういえばサグラダ・ファミリアがなかなか完成しない理由の一つに、「神は急いでおられないから」という理由があるというのを聞いたことがある。予算とかコロナ禍とか、実際現実的な理由があるんだろうけど、「神は急いでおられないから」っていう理由をそれらと同列に列挙する価値観がおもしろくて、初めて聞いた時から好きだった。
未完のサグラダ・ファミリア。急がなくても良い、というのはその通りだ。完成形を見たい気持ちもあるけど、未完である過程もまた魅力的だ。
どうなるのか分からないってところがなんとも、夢がある。