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Vol.7 木を切るだけじゃない!檜原村発の新しい林業のカタチ

東京都の西の端、多摩地域にあり東京本土唯一の村にして、面積の9割以上を森林が占める檜原村では今、「木」を使ったワクワクする取り組みが進行中。豊かな森林を生かした林業の再興と、木のおもちゃによる村おこしです。
その様子を知るために訪ねたのは、檜原村で林業の新たな可能性を広げる活動を続けている〈東京チェンソーズ〉と、「檜原村を日本一有名な木のおもちゃの村に」との想いから生まれた〈檜原 森のおもちゃ美術館〉。さあ、東京の木の魅力に迫っていきましょう!

森から都民のくらしを支える

都心から車を走らせること約2時間。檜原村のとある山林の入口で待ち合わせしたのは、〈東京チェンソーズ〉の飯塚潤子さん。一緒に山林を歩いて、檜原村の木々がどのように育まれているのかを見せていただきました。

林業の最前線の現場に飛び込むべく、2013年、29歳で東京チェンソーズに入社した飯塚さん。実は東京大学農学部の森林環境科学専修卒という経歴の持ち主。

〈東京チェンソーズ〉は2006年に檜原村で創業した、林業ベンチャー。木の伐採、間伐、苗木の植え付けといった現場作業をはじめ、材木の加工・販売、さらに「山をシェアする」をコンセプトにした会員制キャンプ場の運営や企業研修の受け入れなど、森林の空間活用に関する事業も積極的に行なっています。
「2015年からここで『東京美林倶楽部』という会員制の植林プロジェクトを行っていて、森の多様性を取り戻すために、品種や樹齢の異なる木々を共生させています(現在、新規会員の募集は停止中)。森は生き物たちのすみかであり、水や空気の源でもある。森を作り、守る林業は、山から離れた都会の日常生活にも密接につながっているんです」

奥や右側の大きな杉は戦後に植えられたもの。背の低い杉たちは2015年に植えられたもので、成木になるのはおよそ30年後。

山林で見渡す限り広がるのはスギ林。これらは戦後の材木需要の高まりによって国策として植えられたものなのだそう。しかし安価な輸入木材の登場や担い手不足などによって東京の林業は徐々に衰退。近年では国民の約4割が罹患するスギ花粉症の発生源として、その対策が求められるまでになってしまいました。そんな社会的背景もあって〈東京チェンソーズ〉は、花粉の飛散が少ない品種であるスギ・ヒノキへの植え替えや、スギとヒノキだけではなく樹種も樹齢もいろいろな木々が存在するような森づくりなど、「木を切って木材とする」にとどまらない、さまざまな活動を行っているのです。

〈東京チェンソーズ〉が運営する会員制のキャンプ場〈MOKKI NO MORI〉で、作業中の“山男”を発見。左の関谷 駿さんは東京チェンソーズの工房長。右の伏見直之さんは自然が大好きで、アウトドアメーカーに勤務後、林業の道へ。
〈MOKKI NO MORI〉にある見晴し台からは、遠く都心のビル群が望める。やっぱりここは東京なんだ! 

ガチャガチャやマンガで東京の森をもっと身近に!

山林を歩いたあとは、〈東京チェンソーズ〉の工房を訪ねました。「これもこの工房で作っているものです」と飯塚さんが見せてくれたのは、木の枝をそのまま活かした脚が魅力的なスツール。
「木の部分だけでなく、ペーパーコードを編み上げた座面も工房長の関谷 駿がこの工房で作っています。座面作りの技術は関谷が八王子在住の作家さんに教えを請い、習得したんですよ」

大量生産品にはない魅力と趣きがある「山のスツール eda」は、注文を受けてから組み立てられるという“一点モノ”。ご注文はこちらから
大きな窓からいっぱいに日差しの入る工房。クリーンで整理整頓された様が印象的。

家具の他にも、東京の木々に触れられる興味深い取り組みとして「森デリバリー」と「山男のガチャ」があります。
「森デリバリーは、木育・木工・アウトドア体験の出張ワークショップで、いわば私たちが街に出向いて“森を届けに行く”という活動です。山男のガチャは、そうした活動がコロナ禍でできなくなったことから生まれたもので、伐採した木の枝や幹の細い部分でおもちゃや雑貨を作り、カプセルトイとして販売しています。どちらも“林業をもっと自由に”という〈東京チェンソーズ〉のスローガンがよく表れた取り組みだと思います」
また、〈東京チェンソーズ〉の日常と林業のあれこれが面白おかしくつづられる「漫画・東京チェンソーズ」も専用インスタで毎週更新されています。

檜原村の名所、払沢(ほっさわ)の滝の駐車場前に設置されていた「山男のガチャ」。このガチャガチャは檜原村近隣を中心に約50ヶ所に設置されているそう。
この言葉が〈東京チェンソーズ〉のスピリット。柔軟な発想・解釈で林業をアップデートしていく。

このような、遊び心にあふれ木や森がぐっと身近に感じられる取り組みを通じて、〈東京チェンソーズ〉が伝えたいことは、「林業の魅力や重要性、そして自然の大切さ」とのこと。
「今後もこの自然環境を守り多摩川水系の都民の生活を支えていくために、林業に“自分事”として関わってくれる人を増やしていきたいんです」そう飯塚さんは続けます。
それを聞いて、腑に落ちました。〈東京チェンソーズ〉が保育園や幼稚園への森デリバリーや園児の遠足の受け入れといった、次の世代への教育や啓蒙にも積極的なのは、そのような熱い思いがあるからなのだ、と。
「私たちが植えた木を活用するのは、子どもや孫の世代ですから」と語る飯塚さん。そんな木を通じた子どもたちへの想いを結実させた場所が、〈東京チェンソーズ〉の工房のお隣にあります。

温もりたっぷりのおもちゃに囲まれて

2021年にオープンした〈檜原 森のおもちゃ美術館〉は、廃校となった北檜原小学校の跡地に建てられたおもちゃの美術館。檜原村は「トイビレッジ構想」を掲げており、〈東京チェンソーズ〉の工房はその産業における拠点。そして観光における拠点となるのがこの施設です。

〈檜原 森のおもちゃ美術館〉の1階に作られた遊び場。開館して3年経つがいまだに館内には木の香りが優しく広がり、なんとも心地よい。山、段々畑、川…と檜原村の風景をイメージして作られている。

「おもちゃを通じて幼少期から木に触れて親しんでもらいたい。そんな想いで生まれた木育空間です。建物に使われている木ももちろん、ほぼ100%檜原産材なんですよ」
そう教えてくれたのは、館長の大谷貴志さん。北檜原小学校のOBという生粋の“檜原っ子”です。

取材の間も、常に子どもたちに声をかけていた館長の大谷さん。「この車のおもちゃについているタイヤは、捨てられてしまう細い丸太を活用したもの。ひと手間加えればおもちゃという立派な製品になるんです」

館内は広大な遊び場を中心に、木工作業室やおもちゃの企画展示、3歳未満の赤ちゃんが遊べる木育ひろばなどで構成されています。その中にはお隣の〈東京チェンソーズ〉の工房で作られたおもちゃで遊べるスペースも。
「工房でのおもちゃ作りはまだ始まったばかりですが、やがて館内のおもちゃがメイド・イン・檜原のもので埋め尽くされたとき……それがこのおもちゃ美術館の本当の完成形ですね」

併設されているショップでお土産に木のおもちゃをゲット。右は〈東京チェンソーズ〉のキャンドルホルダー2200円。左は檜原村の木工房〈木工房・茶房Forest’s Poemもりのうた〉のバス2460円。

東京・多摩の林業の今、まだまだ知る人は少ないかもしれません。でも、檜原村には、恵まれた森林資源を守り、上手に活用する有機的なサイクルがありました。檜原村の林業のおかげで、緑豊かなこの森と都会の日常生活が守られている……。急峻な斜面でまっすぐに伸びるスギやヒノキを見上げながら、そんな感慨につい浸ってしまいました。みなさんもぜひ檜原村に足を運んで、〈東京チェンソーズ〉の取り組みを間近で見て学んだり、〈檜原 森のおもちゃ美術館〉で木のおもちゃに触れたり、“都内で森林浴”という貴重な経験を楽しんだりして、東京の木の魅力を全身で体感してみてください。

※文中の価格はすべて消費税込み、2024年9月時点でのものです。

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