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Vol.5 東京の意外な名産品「わさび」を追って奥多摩へ。

お寿司やお蕎麦など、和食には欠かせない薬味として親しまれているわさび。そのわさびが、東京でも作られていることはご存知でしたか?実は、東京都の最西部に位置する奥多摩町は、清らかな水に恵まれたわさびの名産地で、ここで作られたわさびは「奥多摩わさび」と呼ばれています。歴史をさかのぼると江戸時代から栽培されていたとされ、徳川家にも献上されるほど良質で由緒ある食材だったそう。
そんな奥多摩わさびの今とその魅力を知るため、「わさび体験」や「わさび食堂」を運営する〈TOKYO WASABI〉を訪ねました。 

多摩のわさびは寝て育つ?奥多摩伝統のわさび作り

まずは、〈TOKYO WASABI〉の見学ツアー「わさび体験」に参加して、わさび作りの現場を訪ねます。わさびは直射日光が苦手なため、奥多摩のわさび田は急峻な山林の中にあることがほとんど。簡単には近づけません。〈TOKYO WASABI〉を運営する角井(つのい)兄弟、通称“わさびブラザーズ”、の弟・角井竜也さんの案内で、沢の流れる山道を進みます。

「一年中タンクトップ」がトレードマークの竜也さん。美容関係の仕事を経て農家の道へ。兄の仁さんがキャニオニングガイドとして奥多摩を拠点にしたことから竜也さんも合流し、2019年からわさび作りを本格的にスタートさせた。

大小の石が転がり、草木が生い茂る道なき道を進むことおよそ15分。東京とは思えない深い緑の景色が広がる沢のほとりに石垣が見えてきました。
「ここは約200年前からあったわさび田なんですが、2019年の台風19号で崩れてしまったんです。そこから修復して、再びわさびが栽培できるようにしました」(竜也さん)
わさび田を造成するにはコンクリートを使うことも少なくないそうですが、わさび田周辺にある自然の石を使って石垣を造成し、わさび田を再生するのが彼らのこだわり。自然の景観をそのままにする、わさび農家が大切に繋いできたわさび田作りの知恵を、後世に残すための取組みです。

棚田状に作られたわさび田。この立派な石垣はすべて手作業で積まれている。ちなみに最上段の棚田がわさびにとっての一等地。湧き水の出どころに近いので、一番水温が安定している場所。
わさび田までの道中、沢をまたぐように倒木が。これも台風19号の爪痕だが、「僕たちはありのままの自然の恵みを享受しながら活動させてもらっているので、人の手を加えるのは必要最小限にしています」と竜也さん。

奥多摩の自然の中で味見するわさびの鮮烈な味わい

奥多摩わさびは砂利を敷き詰めたわさび田に水を流して育てる「奥多摩式」と呼ばれる栽培方法で作られています。棚田の最上段から流れ落ちる豊富な湧き水は、年間を通して温度が一定。水は、こぶし大の石を並べた畝(うね)に沿って流れていきます。この石の置き所によって水の流量や方向を巧みに調整しているのだそう!

並べた石の列=畝の間を水が流れていく。わさび田全体に湧き水を行き渡らせるためにも畝の調整は重要。
奥多摩のわさびは地中に“植わる”というよりは、砂利の上に“寝そべる”かたちで根を張り成長していくのだとか。まさに寝る子は育つ!

「わさびの栽培方法は地域や作り手によってさまざまで、今では機械化しているところもあります。でも僕たちは、東京の片隅で昔ながらの方法にこだわり、無農薬でコツコツと育てることに面白さや価値があると考えています。自然の中でのびのび育った希少なわさびとして、奥多摩わさびのブランド価値をより高めていきたいですね」(竜也さん)

各国のシェフからも人気という「わさび体験」ツアーの詳細や予約はこちらから。わさびのことだけでなく奥多摩の自然や歴史を学び大自然を満喫できる。

そんな奥多摩わさびをわさび田で試食できるのも、「わさび体験」ツアーの魅力のひとつ。竜也さんが目の前で採ったすりたてのわさびをひと口……つんと鼻に抜ける風味に「辛っ!」と口を突いてしまいましたが、その辛さはトゲトゲしいものではなく、新鮮かつ爽やか。当たり前ながら、チューブのわさびとはまったくの別物です。

特注のおろし金ですり始めると新鮮なわさびならではの爽やかな香りが広がっていく。すり下ろしてから30分も経つと、本来の爽快な辛みは消えてしまうんだとか。やはりすり立てに限る!

シンプル・イズ・ベスト。「わさび食堂」でわさび丼に舌鼓

そんな彼らの絶品わさび、収穫量が少ないことから現時点では一般向けの出荷はされていません。ではどこなら新鮮な奥多摩わさびがいただけるのでしょう……?
わさび田から向かったのは、奥多摩駅。わさびのペイントが施されたキッチンカーが、“わさびブラザーズ”の兄・角井仁(ひとし)さんとパートナーの百(もも)さんが切り盛りしている「わさび食堂」です。ここで貴重なわさびをいただけます!

「わさび食堂」は毎週土日(イベント出展時を除く)9:30頃~15:00頃、奥多摩駅前で営業。詳しい営業日は公式サイトSNSで確認を。
仁さん(右)は、キャニオニングガイドとして活動する中で出会った奥多摩わさびに魅せられ、〈TOKYO WASABI〉をスタート。百さん(左)は、食品メーカーで商品開発に携わった後、カナダとニュージーランドでホテルやカフェに勤務、ニュージーランドではツアーガイドとしてキャリアを積み、2020年に奥多摩に移住、〈TOKYO WASABI〉の活動に参加。

このキッチンカーでわさび料理を提供し始めたのが2021年のこと。それまで、奥多摩駅の周辺で地元のわさびが食べられるお店はなかったのだそう。
「東京・奥多摩の水と気候で作られた貴重な食材なので、もっとたくさんの人に広めたいという想いがありました。そこで分かりやすい駅前にこの店を出すことにしたんです」
そう話してくれた仁さんが、新鮮なわさびを存分に味わうならと、おすすめしてくれたのが定番の〈わさび丼〉。温かいごはんの上に削りたてのかつお節をたっぷりのせ、目の前ですったおろし立てのわさびを添えたシンプルながら贅沢なメニュー。頬張るとかつお節の香りを涼やかなわさびの辛みが包み、脇役のイメージが強いわさびが主役に躍り出ます。
「わさび本来の味を堪能できるストレートなメニューです。わさびの魅力は、合わさった食材の味の輪郭をはっきりさせてくれること。その意味では、魚介類に限らずお肉などあらゆる食材と相性がいいんですよ」と仁さん。

右:「わさび丼」(900円)。わさび田で試食したものと変わらないフレッシュなわさびの風味が味わえる。左:「わさポーク丼」(1100円)は、奥多摩市のお隣、青梅市のブランド豚「下田さん家の豚」を使った一品(今回は特別にかつお節をトッピング!)。

きれいな水と澄んだ空気の中で、200年以上にわたり栽培され続けてきた奥多摩わさび。勢力的な活動を続ける〈TOKYO WASABI〉は、その歴史を継承していくという大切な役割も担っています。竜也さんは、最後にこう話してくれました。
「奥多摩わさびの最盛期を支えた農家さんの多くは、もう75歳を超えています。先輩方から学べるうちに、わさび作りの技術をさらに習得していかなくてはいけません。奥多摩わさびの歴史を絶やさないためにも、僕たちはわさび農家として生産するだけでなく、“わさびアンバサダー”として今後もわさびの魅力をどんどん発信していきたいです」
 
先人たちが培った知恵や技術を大切にしながら、わさびの新たな可能性を切り拓いていく——。みなさんもぜひ奥多摩に足を運んで、わさびの魅力とわさびブラザーズの熱い想いを五感で体験してみてください。

【Vol.6:10月上旬公開予定】
次回は、三鷹市にある国立天文台で最先端の天文学と宇宙の不思議に迫ります。お楽しみに!

※文中の価格はすべて消費税込み、2024年8月時点でのものです。

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