落ちこぼれシニアのリベンジ読書~『雪国』川端康成著~
<<感想>>
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」。
あまりにもその書き出しは有名であるが、そもそもそれ以降の話の展開はまったく理解していなかった。過去に著書を手にしたことはあっても、恥ずかしい話、読み切った記憶がない。
この小説の舞台は、新潟県の越後湯沢温泉(高半旅館)であるらしい。 「無為徒食」の主人公を中心に、温泉芸者・駒子との「いき」な愛の関係性から始まる。 島崎は東京に家庭を持っている。定期的に温泉に通いながら駒子との関係を楽しむ。また駒子も事情を知りながら島崎との逢瀬を楽しみにしている。
島崎と駒子との会話が多くあるが、それが実にリズミカルである。 特に会話の中で駒子は、島崎を目の当たりにして「東京の人は嘘つきだから嫌い」と何度も発する。島崎に対する当てつけなのだろう。ここはちょっとコミカルなところでもある。
しかし、時の経過とともに「別れの予感」をイメージさせる。 いわゆる「いき」から「野暮」への演出の転換がある。 そこにこの著の魅力を感じる。
そもそも島崎はある意味の遊び感覚。しかも駒子だけではなく、駒子より年下の葉子に対して徐々に興味を覚えてくる。 駒子はそれに感ずき軽い嫉妬を覚えながらも、だんだん島崎に対する気持ちが強くなってているように思う。
その裏側には「捨てられるかも」という不安もあったのだろう。 それが「君はいい女だね」といった島崎の言葉に対する異常反応となったのだろう。 単なる性的な関係としての「いい女」と駒子は受け取ったようだ。
しかし、島崎自身はうすうす駒子の気持ちの高まりを感じてきたのだろうか、自分自身の後ろめたさもあって、徐々に駒子との関係そのものが面倒くさくなってきたようにも感じる。 しょせん、親のすねかじりの無為徒食の人間。 悪く考えれば、そうも受け取ることができる。
また『雪国』は最初だけではなく、終わり方にも特徴があると思う。 後半には、もはや島崎と駒子の関係性の終焉は見えてきている。
最後は、繭蔵が火災になって二階から葉子が失神して落ちてくるという事件が起こる。
「この子、気がちがうわ、気がちがうわ」と慌てふためく駒子。
「To be continued」。 「さぁ、これからどうなるのか、読者のみなさん考えてください」というような終わり方。
果たして結末はどうなるのであろうか。