落ちこぼれシニアのリベンジ読書~『魔の山 第5章』トーマス・マン著~
「私があんたみたいな男になびくと思っているの」。
友人から聞いた話だが、学生時代、同じクラスの女性がいいよる男性に一発くらわしたという言葉である。
ニュアンスは異なるが、ハンス・カストルプがショーシャ夫人に相手にされなかったシーンを読んで、遠い昔を思い出した。
上巻のハイライトはここにあった。それまでの細かすぎる情景描写も人物設定も、ラスト20ページほどのこのシーンのためにあったように思う。
こうした話の展開はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』に近いものを感じる。
おそらく下巻にはこれまでの背景をもとにした山場があるのだろう。
療養目的であることもありベルクホーフには娯楽も人の交流もあまりない。まさに閉鎖空間である。
その反動からか、開放的となり熱く燃えさかるカーニバルは異常な空間として映る。そこにハンス・カストルプのショーシャ夫人への一方的な思いが絡まり、カーニバルと恋の炎で、場面は一気に最高潮となる。
そればかりではない。なぜヒッペなのか。なぜ鉛筆なのか。4巻まで読んだ中では理解できなかったが、それが最後のショーシャ夫人とのシーンの伏線になっていたという演出も。
結局、ハンス・カストルプはフラれてしまう。
カーニバルで高まった感情を背景にショーシャ夫人を口説くが、お坊ちゃん扱いされてまったく相手にされない。さらにストーカー的な発言から、逆に気味悪がられてしまう。
それでもなお食い下がるが、最後には何を言っているかわからなくなってしまう。
ただひたすらに自分の思いをぶつける姿勢は、世間知らずのお坊ちゃんと言われても仕方ない。
恋愛を含め、人との付き合いにはお互いに理解しあうプロセスが必要である。
ハンス・カストルプはそこが欠如していた。
冒頭のフラれた男性も同じだったらしい。彼もまた「お坊ちゃん」であったようだ。その後彼はどうなったか、続編は聞いていない。
ハンス・カストルプは下巻でどのように立ち直るか。楽しみにしている。