落ちこぼれシニアのリベンジ読書~『銀の匙』中勘助著~
<<感想>>
中 勘助(なか かんすけ)。
恥ずかしながら、初めて聞いた名前の作家だった。
もっとも、世間一般向きの雑誌や新聞にはほとんど執筆しない作家らしいが。
ただ夏目漱石から推薦されて、媒体にデビューしたとのこと。
そういわれてみると、中勘助の文体は夏目漱石に似ているように感じた。
自然と人間描写の多い作品だが、描写の細かなところは『草枕』、テンポのいいところは『坊ちゃん』『吾輩は猫である』を連想される。
『銀の匙』は、中勘助の子どもの感情世界を自伝風に書かれたもの。
当時の子どもの、自然や人との何気ない関わりがうまく書かれていたように思う。実際のところはほとんど著者自身の経験ではないかとも感じられたが。
何より時代背景の描写が懐かしい。
最近ではほとんど目にしなくなったが、子ども同士の取っ組み合いのけんか。けんかの中にもルールがある。けんかを通じて「限界」を知る。ひとつの実践教育だった。
また幼馴染との初々しい関係。そもそもけんかの原因は幼馴染の取り合いにあった。
ともに昔の子どもの世界にはよく見られた「景色」だ。
こうした景色もいまの60才以上の方の生きてきた時代が最後ではなかろうか。
さらに戦時色の高まっている時代での主人公の話が実に印象的である。
中国と武力衝突が起こり、国中が日本の勝利を信じてやまない中、「日本は中国に負ける!」と断言。そしてその理由を理路整然と語って、同級生だけではなく教師まで論破してしまう。
この時代におけるとても勇気ある言動(!)。さしづめ現代版の「ひろゆき」というところか。
それにしても時代は大きく変わったものだ。しかし、子どもの感情は本質的には昔も今も変わらないだろう。ただ表現というかアプローチは大きく変わっている。それがいいのか悪いのか。果たして今の世は子どもたちにどのように映っているのだろうか。
感傷的に「昔はよかった」とは毛頭いうつもりはない。
とにかく子どもたちが安心して快活に暮らせる世の中でなくてはならないと強く感じている。