雅楽絵巻『鳥獣戯楽』 楽曲解説その1
正倉院復元楽器のための 雅楽絵巻『鳥獣戯楽』(2017)の創作にあたり、楽曲解説として記したものです。楽章ごとの詳説はその2で。
伶楽舎委嘱作品 雅楽絵巻『鳥獣戯楽』-正倉院復元楽器のための-作曲:東野珠実
ご存知、鳥獣戯画(京都高山寺所蔵)は日本最古の漫画とも言われる異色の絵巻物です。描かれた時期は平安から鎌倉期(12 世紀から13 世紀)とされ、雅楽が醸成した時代と重なります。擬人化された動物たちの立居振舞いは、山水の遊びから宮中行事まで、中世日本の風俗を生きいきと映し出します。ストーリーの進行に応じて画像が展開するさまは、まさにアニメーションを先取りした表現手法で、スタジオジブリの高畑勲監督の研究でも、映画撮影に見られるような多彩なカメラワークが見て取れると記されています。
一方、雅楽以前の日本には伎楽(ぎがく)とよばれる芸能がもたらされました。正倉院に納められた伎楽面から、それは当時の外国の風俗を模した一種の仮面劇であったとされています。これを復元した芝 祐靖師の作品のなかで数百年の眠りからさめた楽器たちは、新たな創造を伴って息を吹き返しました。
そして本作『鳥獣戯楽』では、国立劇場木戸敏郎師の尽力で蘇った正倉院復元楽器群を手に、登場する獣たちが絵巻を飛び出し戯(あじゃら)に奏でることで、二次元の平面に圧縮された時空を音楽によって舞台上に解凍しようと目論見ます。鳥獣戯画に描かれた彼らの仕草は、時に水しぶきをあげて泳いだり、弓矢や柄杓のような道具を操る姿ですが、面白いことに、獣たちに楽器を持たせると、なんと、実際の奏者の動きにとても自然に重なるのです。私は、常より楽器演奏上の身体性を活かす作曲法を心がけていますが、その点でも彼らはすでにミュージカルな存在であり、描かれた動作から生まれる音を素直に採譜し、楽器の特性に当てはめました。
ところで、先にご紹介した高畑監督の言葉をヒントに、場面の進行に欠かせないもう一つの視点が”鳥瞰”にあることに気づき、これこそまさに、鳳凰の象徴である雅楽器・笙の出番だと思い、狂言回しとして、また絵巻物の表現手法で時間の経過や場所の移動を表す<すやり霞>の役割を担わせました。本編の絵巻物は所どころ散逸し、断片のつながり方にも諸説あるそうですが、今回抽出したシーンでは、音楽表現によって前後のエピソードも膨らませています。素朴な音色の古の楽器たちと共に、皆様の想像を掻き立てることができれば幸いです。
最後に、鳥獣戯画や復元楽器に寄せるファンタジーを共有し、絵巻物に登場するキャラクターの如く五体を駆使して音楽を体現してくださる出演者に心より敬意を表します。
初演 2017.5.25. 伶楽舎雅楽コンサートno.32