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2台ピアノ4年間の集大成
最後の音を弾き終わった。手を鍵盤からふわっと離しあげて、膝の上に下ろす。一緒に弾いていた友と顔を合わせる。大きく頷き合う。私はちょっと苦笑い。なぜならたくさんミスしてるから。それでもやり切った感、最後まで弾けた満足感、合わせた楽しさで胸がいっぱいになった。
モーツァルト「2台のピアノのためのソナタ」
2024年11月。2台ピアノがあるスタジオを借りて、ようやく全楽章通すことができた。
2020年
2020年初夏、以前からピアノ連弾をやろうと話していた友人のYちゃんから、モーツァルトの二台ピアノの楽譜を渡された。
「えー、こんな難しいの弾けるかなぁ?」
「大丈夫だよ。やってみようよ」
コロナ禍でステイホームと言われ、ピアノに向かう時間は確かにあったけど、、、ぱっと見た目の楽譜はそう複雑怪奇でもないのだが、実際に弾こうとすると指使いが難しいし、裏拍と言われるリズム取りの難しい箇所もあるしで、かなりハードル高め。
そうこうしているうちに、第一ピアノ担当のYちゃんが弾いている一楽章の一部分の動画がLINEで送られてくる。
「えーっ、もうこんなところまで弾けてるの?!」と焦る私は、譜読みが苦手でなかなか進まないタイプ。とにかく音楽を聴こう、耳から慣れていこうとする。
お手本となる動画は楽譜付きのこちらにした。一楽章の再生速度を0.75倍速のゆっくり目のテンポで弾けるようにしよう、とYちゃんと決めた。同じ動画をお手本とすることで、離れて練習していても合わせた時にそろうようになるはず。まずは第一楽章を仕上げたい。
その頃は仕事も時短で早く帰宅させられていたので、練習時間はそこそこ作れてはいた。毎日少しずつでも弾くように心がけた。世の中の急変に気持ちの落ち着かない日々だったが、ピアノを弾くことで身も心も整う感じがしていた。
今まで経験したことのないようなことが起きた2020年は瞬く間に過ぎていった。
2021年
2021年は新たな生活スタイルに慣れてきて、精神的にもだいぶ余裕ができた。
時折、お互い自分の担当演奏動画を送りあってはいたが、そろそろ実際に合わせてみよう、ということで、ピアノが二台あるスタジオを探して借りてみた。その年の11月のこと。
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部屋に入ると二台のグランドピアノが置いてあるのが目に入り、テンション上がる。まずは指慣らしをして、この日は2時間しか予約できなかったから、早速合わせてみる。
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第一楽章の前半を弾いてみると、思っていたよりすんなり合う。やはり同じ音源をお手本にしているからか。「いい感じ!」もちろんテンポは実際のものよりはるかにゆっくりで、ミスタッチも多いし、弾けてない部分も多い。でも初めてにしては上出来だ。一楽章後半の最初は第二ピアノの私のソロパートから始まる。丁寧に、丁寧に。
モーツァルトの二台ピアノはお互いのピアノで対話しているような曲だ。掛け合いを楽しみたいところだが、私が弾くことに集中し過ぎると力が入って、相手に喧嘩を売っているみたいになってしまう。小鳥がさえずっているように楽しげに弾いてみたい。
まだまだまだ、その域には達してないが、第一楽章はなんとか合わせることが出来た。撮影もして、録画したものを見直すと反省点ばかりだけど、良く弾けた!と自分たちに拍手を送りたい。
次は第二楽章だな、なんて思っていたら、Yちゃんが、
「次は第三楽章をやろう」と言う。
そうなんだ、と思いつつ、難関の三楽章を攻めておけば、残りはゆったりした二楽章を落ち着いて練習すれば良いかも。
そして三楽章は、私が第一ピアノを担当することに。
2022年
2022年は初めて北アルプスの唐松岳登山に挑戦した年だった。noteを書き出したのもこの年。毎日慌ただしく過ぎてしまい、仕事は夏にフルタイム正社員から社保付き週4日のパートに変わったけれど、この頃に家の用事も増えたりと、ピアノに向き合う時間がなかなか取れない。
でも日にちを決めてしまえばやるしかない。11月初旬のピアノスタジオの予約を早々にとった。
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第三楽章。音がコロコロと転がるように始まり、二台のピアノのお互いの掛け合いが楽しい。私にとって超絶に難しい箇所があって、うまく指が回らず音が鳴らせない。ソロで弾く箇所だから誤魔化しがきかない。ここはもう勘弁してもらおう。
その箇所は追いかけるように第二ピアノも同じ旋律を弾く。Yちゃんも苦戦している。仕方ないのです。モーツァルト先生のご意向には添えない素人二人組です。
でもやっぱり楽しい三楽章。第一楽章より完成度は低いのだけど、こちらも実際のテンポの0.75倍でなんとか弾き終えられた。
一年に一楽章ごと練習して、一年に一度、二人で合わせる。これ、毎年恒例になるかしら?
12月にはYちゃんと池袋の東京芸術劇場で開かれた角野隼斗さんと亀井聖矢さんの二台ピアノのコンサートへ行った。今やなかなか実現されないであろう二人の夢のような共演、素晴らしいコンサートだった。興奮冷め止まぬこのコンサートの後、また二人で弾きたくなってすぐにでもスタジオを予約したくなったのだが、年末年始近くて無理だったのだ。
ピアノを弾くことが楽しい。そんな気持ちをnoteに書いた。
2023年、第二楽章を完成すれば、二台のピアノソナタは晴れて完成!私はまた第二ピアノを担当。
2023年
2023年は、noteを月一度は書いていたのが年初の1月で途絶えてしまった。
気持ち新たに3月から月1本は書いていこう!とそれは今でも続いている。
noteを書くのが遅い私。それに気を取られているとピアノの練習が疎かに、、、。山行予定も増えてきた年でもあって、また実家でも色々と出来事があったり、と、ピアノから遠ざかってしまった時期があった。Yちゃんも忙しかったようで、お互い連絡不足がちに、、、。
それに加えて、二楽章はテンポもゆっくりで、なんとなく弾ける気がして(気がしているだけで実は弾けてない涙)一、三楽章に比べて気合が入っていなかったこともあり、暗譜も出来ずじまい。一楽章と三楽章は、合わせるときに楽譜のページめくりをしないために暗譜したのだった。(私は三楽章の暗譜はかなり怪しかったけど涙)二楽章は全く暗譜できなかった。
2023年の師走になり、Yちゃんと
「今年は合わせができなかったね。来年こそ、全楽章を合わせよう」
と約束した。
2024年
この年はピアノ推し活元年といえる年かもしれない。2023年後半からピアニストの髙木竜馬さんのコンサートへ足を運ぶようになった。ピアノコンサートへ行くとインスパイアされるのか、ピアノへの憧れや弾きたい気持ちはますます強くなってくる。しかし練習となるとなかなか時間が取れない。隙間時間を見つけてはちょっとでも鍵盤に触るようにした。しかし2台ピアノを全楽章弾くとなると、30分近くかかる。他の曲も弾きたいし、バンド(アマチュア趣味バンドのキーボード担当してます)の曲も練習しなくちゃ、あ〜時間がない〜っと悶えてしまう。
noteも書きたいし読みたいし、山のことも調べたいし、YouTube視聴したいのあるし、本も読みたいし、家のことやらなきゃ〜、え、もうこんな時間?明日、仕事あるから早めに寝ないと、の繰り返し。休みの日は出かけることが多いしで、またもや2023年の二の舞か、とそれは避けたい。やっぱりスタジオを早く予約するしかない!とYちゃんと日程を決めて予約した。
11月のスタジオ。2台のピアノがある部屋に入るとやっぱりテンション上がる。
しかも一台はスタインウェイ。スタインウェイを弾けるのは嬉しい。
まずは第二楽章を合わせてみる。うんうん、まぁまぁイケてるんじゃない?撮影は今回はカメラ1台で。以前は、コンパクトデジタルカメラ、iPhone 、iPadの3台で撮影していたが、もう今回は簡易でコンデジ一台にした。
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さて全楽章、通しでやってみますか。Yちゃんと息を合わせる。
一楽章ごとにカメラは止めて少し息を整える。一楽章と三楽章は一度は暗譜していたのに、別の楽章を練習すると覚えていた暗譜がなぜか飛んでしまう。今回は全楽章楽譜を置いて演奏する。譜めくりタイミングが難しいが、頑張ってやる。
一楽章の裏拍のところ、合うと気持ちいいなぁ。
二楽章後半あたりの第一ピアノと第二ピアノの音が重なってバッハのインベンションぽい(私が勝手にそう思っているだけ)の箇所も好き。
三楽章は、とにかく掛け合い×掛け合いが超絶難しいのだけど、
「私たちモーツァルトの2台ピアノ弾いてます」的なドヤ感(笑)出ちゃうくらい楽しい。
もう、間違えるし、音飛ばしまくるし、はちゃめちゃなんだけど、でも最後まで弾けた!これってすごいんじゃない?素人の50代女子が4年かけて弾いたんです。モーツアルト先生が聴いたら卒倒しそうな「2台のピアノのためのソナタ」ですけど、いいんです。本人たちが楽しければ、音楽はそれでいい。音楽は自由でいい。あぁ楽しかった〜!
2024年、ようやく完成したピアノ曲。スタジオを3時間借りていたがあっという間に過ぎて、その後Yちゃんとお疲れ様の打ち上げをカフェでして、お互いの努力を労った。本当にありがとう、良きピアノ友に恵まれて幸せです。
2025年
2024年末で仕事を会社都合で退職した。時間ができるはずだった。
なのに、なぜか慌ただしい日々が続いている。時間の使い方が上手くないんだろうな。もっとタイパ(タイムパフォーマンス)良くしないといけないのかもしれない。でも私ゆっくりじっくり取り組みたいんです。
年明け早々に、石井琢磨さんと髙木竜馬さんの2台ピアノのニューイヤーコンサートへ出かけた。いやぁ楽しかったし、素晴らしかった。そしてお二人の仲の良さにも気持ちが温まった。2台ピアノって楽しいし、良いなぁ〜と改めて感じた。
Yちゃんと違う曲をやっても良いかな、なんて思ったりもする。しばらく2台ピアノはお休みしようと思っていたくせに(笑)
おわりに
ピアノは一人でオーケストラの曲も演奏出来てしまう特殊な楽器と思う。
ある程度曲が弾けるようになると、好きな曲をひとりで弾いているときは、その曲の中に入り込み、自分の世界に浸ることができる。それはそれは贅沢な時間である。
一方、ピアノを2台で弾くのは別の世界がある。ピアノが2台になることで音数が増え音のエネルギーが増す。相手の弾く音と自分の弾く音が合わさって、曲が音楽が成り立っていくのを心身で感じられるのは、ひとりで弾いているときとはまた違う喜びであり、高揚感が得られる。
その代わりちゃんと弾けないと辛い。練習不足は自分のせい、技術不足も自分のせい。凹むこともある。相手に申し訳ない気持ちが余計に自分をみじめにする。でもそれを乗り越えて、なんとか弾けたときに見える景色は格別だ。
やっぱりピアノが好きなんだぁと思う。弾けない日が続くとムズムズと弾きたくなる。なのに、更年期の頃から指の関節が痛くなってきているし、これからまた別の箇所が痛くなるのかもしれない。でも弾き続けていきたい。Yちゃんとも、「ピアノを弾く可愛いおばあちゃんになろうね」と話している。もちろん、2台ピアノも続けていけるといい。
そして最後まで、少なくともピアノを弾くことと、山を登ることを諦めなかった、という人生でありたい。今のところ、それが私の望んでいることだ。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。