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美しい春の朝でよかった
4年前のよく晴れた春の朝のこと。
朝ごはんの後の毛づくろいを終えて、今日の昼寝の場所を選び始めた長女猫のニコちゃんが突然飛び跳ね始めた。明らかに異常な飛び跳ね方だった。
「ニコちゃん!どうしたの?ニコちゃん!」
ソファからそう呼びかけるとニコちゃんがこちらを見て眼が合った。ソファから立ち上がろうとするとニコちゃんがソファの背もたれに飛び乗ってきて、そのまま私の膝の上に崩れ落ちた。
その時、もう息をしていなかった。
それは木曜日の朝の7時で、近所の動物病院は休診日だし、そうでなくても診療開始時刻まで2時間もある。そうとわかってはいたけれど、反射的に電話を掛けた。
先生が出てくれて、すぐに連れてくるようにと言ってくれた。
ニコちゃんを腕に抱えて、玄関を飛び出し、必死で走った。少しでも早くと思うのに、足が前に出ない。それどころか、脛の筋肉が痛くなってきた。この時ほど、自分の足の遅さを呪ったことはない。
ニコちゃんの眼に光を当てた後、先生はこう言った。
「心臓も止まっており、瞳孔反射もありません。残念ですが、僕にできることは何もありません」
しばらくしてから漸く訊けた。
「原因は何でしょうか?」
「この状態からはわかりません。解剖すればわかるかもしれませんが...」
「わかりました」
短いやり取りの後、「このままでは可哀そうだから」と病院のバスタオルを貸してくれた。その時初めて、ニコちゃんを何かにくるんで連れてくるという発想が自分になかったことに気づいた。1秒でも早く、とただそれだけで飛び出してきてしまったのだった。
帰り道はゆっくりと歩いた。春とはいえ、朝の空気はまだ少しひんやりとしていた。病院のバスタオルにくるまれたニコちゃんを抱えて歩く私をすれ違う人たちは怪訝そうに見た。
病院に向かう時、裸のニコちゃんを抱えて必死に走っている私を見かけた人はぎょっとしていたのかもしれない。そんなことに気づくのはもっとずっと後のこと。
動物病院にバスタオルを返しに行けたのは約一週間後。
「少し落ち着きましたか?」
と先生に優しく尋ねられた途端に涙が滲んできてしまった。先生は静かに微笑んでゆっくりと頷いた。
ニコちゃんが逝ってしまった日の記憶はいつも美しい春の陽射しの中。温かく可愛らしかったニコちゃんによく似合う穏やかな光に満ちている。
今でも思い出すと泣いてしまうけど、冷たい雨や嵐の日の記憶でなくてよかった。美しい日の記憶でよかった。せめてそれだけはよかった。
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