【感想文】変身/フランツ・カフカ
「変身」兼「家庭の幸福」読書感想文
今回、私は何をどう勘違いしたのか、間違えて太宰治『家庭の幸福』の感想文を書いてしまった。
なぜだろう。馬鹿だからだろうか。ただ、折角書いた以上、破棄するのも惜しいと思った私は、咄嗟の機転により『家庭の幸福』の感想文中の人物名だけを修正することで『変身』の感想文に作り変えることに成功したので、それを以下に紹介する。
※なお、感想文中の引用箇所は『家庭の幸福』からの抜粋である。また、「作者」「本書」という表記はカフカ/太宰の両者・両作品を指す。
【『変身』読書感想文】
ザムザ家に限らず、通常の精神であれば、<<家庭の幸福。誰がそれを望まぬ人があろうか>> という発言に口を差し挟むことなく、<<家庭の幸福は、或いは人生の最高の目標であり、栄冠であろう。最後の勝利かも知れない>> に共感を覚えたり、<<家庭の幸福。家庭の平和。人生の最高の栄冠。>> というフレーズに憧れを抱く者が大多数であろう。
だが、本書はその逆説をとる。なぜなら、作者の「家庭の幸福は諸悪の根源」であるという示唆が見られるからである。
ここで、幸福な家庭とは何なのかというと、例えば、夫が <<二十四歳で結婚し、長女は六歳、その次のは男の子で三歳。>> で、<<細君にとっては模範的な亭主であり、また、老母にとっては模範的な孝行息子であり、さらに、子供たちにとっても、模範的なパパ>> で、<<老母と妻との折合いもよろしく、彼は日の出と共に起きて、井戸端で顔を洗い、その気分のすがすがしさ、思わずパンパンと太陽に向って柏手を打って礼拝するのである>> という様な家庭である。
作者はここに諸悪の根源があると危惧している。グレゴールが犠牲となり、無残な死を遂げたのは、妹、両親、そしてグレゴール本人でさえも家庭の幸福を追求し、家庭を第一にしたからである。作者はこうした点に <<家庭のエゴイズム、とでもいうべき陰鬱な観念>> の存在を見出し、<<家庭の幸福は諸悪の本(もと)>> と暗示した様に思われ、その為か、結末の一行は作者の冷笑が強く表れた皮肉に満ちた描写となっている。
といったことを考えながら、私は、もうじき3歳の誕生日を迎える甥っ子のために、『機関車トーマス』の玩具を贈ろうとしたつもりが、何をどう勘違いしたのか、間違えて『トーマス・マン/魔の山』をプレゼントした。
以上