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【感想文】黒い雨/井伏鱒二

青沼閑間あおぬましずま

私は本作品を尋常の精神で読み進めることができなかった。

なぜだろう。馬鹿だからだろうか。
確かにそれも理由の1つだが、最大の理由は作中に「料理の献立」が描かれているからである。

1ミリたりとも理由が分からないと思われるので、どういうことなのか、本書ならびに正岡子規、内田百閒の作品を引用しながら以下、説明する。
なお、これらはすべて戦争、病に関する記録文という形式である。

まず、「戦争と献立」における描写として、作中の『広島にて戦時下に於ける食生活』を抜粋すると、

<<豆腐 一丁 / 魚、小鯵、鰯 いずれかを一尾 / 白菜 二株 / 人参、大根、葱、牛蒡、ほうれん草、瓜 いずれかを五本または六本 / 茄子 四個または五個 / かぼちゃ 半分 >> P.69

とあり、共通点を持つ作品として、内田百閒の『餓鬼道肴蔬目録(がきどうこうそもくろく)』を抜粋すると、

<<昭和十九年ノ夏初メ段段食ベルモノガ無クナッタノデセメテ記憶ノ中カラウマイ物食ベタイ物ノ名前ダケデモ探シ出シテ見ヨウト思イツイテコノ目録ヲ作ッタ>> という序文に続いて、<<たい刺身 / かじき刺身 / まぐろ霜降りトロのぶつ切 / 牛肉網焼 / ポークカツレツ / 三門ノよもぎ団子 注:みかどハ岡山市ノ西郊ニアリ / シュークリーム / 押麦デナイ本当ノ麦御飯 >> P.179

という、戦争過渡期にありながらもどこか別の世界にいる様である。

次に、「病と献立」における描写として、作中の『高丸矢須子病状日記』において、

<< 7月26日 晴 涼風 / 朝、38度の熱、さむけ。味噌汁、海苔、らっきょう、漬物、卵、御飯半膳。 --中略-- 手当てを受ける。軟膏と粉薬を頂く。夕飯、おつゆ、ちくわ、縞鯵の干物、胡瓜揉み、御飯二膳。>> P.242

とあり、これと同様、正岡子規の『仰臥漫録』では、

<<十月二日 晴 / 朝 ぬく飯四わん はぜ蛤佃煮 ならづけ 牛乳五勺ココア入 菓子パン 塩せんべい / 便通および包帯取替 --中略-- 横腹(腸骨か)のところいつもより痛み強くなりし故ほーたい取替のときちよつと見るに真黒になりて腐りおるやうなり 定めてまた穴のあくことならんと思はる >> P.92

とあり、献立の列挙とは対照的に、矢須子は原爆症に徐々に蝕まれ、子規は生きながらにして身体中に穴が空いている状態なのである。

以上を総合すると、本書は我々読者に対し、戦争という殺人行為と、食事という生命維持行為の二律背反を同時に突き付けている。
よって、冒頭で私が述べた精神不安定とはつまり、戦争と献立の配置による、死の強調、死の想起、に由来しているのである。

といったことを考えながら、私は朝、「ぬく飯」を立て続けに18杯食べて完食と同時に、卒倒した。

以上

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