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40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 14


起業家は
粘り強く

誰もが起業家に向いているわけではない。ワークライフバランスが大切な人は起業家以外の生き方が合っているかもしれない。だからといってこんな人でないと起業家ができないというわけではない。起業家になりたい人ならどんな人でもなればよい。バブソンでアントレプレナーシップを教える教授はそう話す。

ただもし起業家の特性を一つ挙げるとすれば、それはpersistance、粘り強いということだろう。どんなことがあっても諦めない。まさに、Never give up。そして教授はさらに続ける。

多くの人は成功とは右肩あがりの一直線のように思っている。しかし、そうではない。むしろちょっと上手く行きそうだと思ったらすぐに困難が訪れて、それを解決したと思った途端にまた別の問題が起こる。ぐちゃぐちゃな道を何度もぐるぐると辿りながら、なんとか右上に抜け出せたようなものが本当の成功の姿だ。

考えたこと、思い描いたことが、すんなりとその通りに行くようなことはない。だからこそ戦略を軽視するわけではないが、戦略を描くことはどちらかといえば簡単と言えるだろう。実行することの方がはるかに難しい。言うは易し。決めたことにコミットしていくことは遥かに難しい。

バブソン大のMBA生の授業が主に行われる校舎には、「Those who dream, we call dreamers. Those who do, we call entrepreneurs.」というポスターが飾ってある。夢を語るだけ、口だけの者をドリーマーと呼ぶ。行動する人をアントレプレナーと呼ぶ。この言葉から、アントレプレナーシップ教育で長年全米No.1を誇る学校が、いかに実行することを大切に思っているかが伝わる。

アントレプレナーシップの授業では、戦略家ではなく、実行者としての起業家がケースとして毎回紹介された。ケースを議論した後にはほぼ毎回の様にその主人公が授業に登場した。その中の一人は、特筆した戦略は創業当初なかったものの、広告メディア事業を始め急成長し、その後VCから多額の投資を得た人物。しかし採用した会計責任者の不正が発覚し、VCからCEOの座を降りるように迫られ、新たなCEO役が送られてきた。教授は「こんな時、君たちならどうする?自分が持っている株式を売って去るか?」と問うてくる。

この主人公はなんとVCに2年以内に投資金額の250万ドル(本日レートで約3億8000万円)をすべて返金すると約束するからCEOの座に戻して欲しいと直談判する。そしてVCを納得させて新CEOを追い返した。本来返金する必要のない投資金を全額返金すると言い、CEOに返り咲いた彼は、資金繰りの改善に取り組む。新たな採用は止め、キャッシュコンバージョンサイクルを改善し、銀行との関係性を再構築した。そして会社は再び急成長した。

私は彼にどういうことを考えてVCにお金を返すという約束をしたのかを聞いた。「会計不正を見抜けなかったのは私の落ち度だが、新CEOの間に重要顧客を失ったとはいえ、この会社のビジネス自体に問題がなかったので、うまくいくと信じていた」と回答。勝算があったというのではなく、信じていたという言葉が印象的だった。こういう考えはこの彼に限らず、他のケースの起業家たちも同じ様に持っていたと私は思っている。

自分たちは
なぜこの事業をやっているのか

こうした粘り強さはどこから来るのだろう。粘り強さは生まれながらの性格次第なのだろうか。別の起業家の話に、粘り強くあれるヒントがあった。

自分が始めた事業を、たとえコロナによって一時的に活動ができなくなっても、社員がたくさん辞めていってしまっても続けてこられたのは、自分たちはなぜこれをやっているのかを考えているからだ。初めはお金や自由が欲しくて起業した。しかし比較的すぐに困難に直面し、お金や自由を求めて始めたのに、お金も自由もない状況に陥った。そこから「なぜ自分たちはこれをやっているのか?」を考えるようになった。まず自分は何者なのかから始まり、自分にとって何が大切で、意味があって、重要なのかを考えた。そしてなぜ自分がこの事業をやる価値があるのかを捉えることができた。気づけば個人的な理由だったものが、誰かに貢献するものに変わっていった。そしてこれこそが、大変なプレッシャーがかかる中でも自分をコントロールすることにつながっている。

企業が大きくなり、権限委譲している今、自分の役割はVision Holderであり、Story Tellerだ。自分だけでなく、従業員も含めて全員が、自分たちがなぜこの事業をやっているのかを認識している状態をつくるのが仕事だ。

常に少し先を見ている。それに合わせて自分たちの「なぜ?」に修正が必要かもしれない。だからこそ今もその「なぜ?」を精錬し続けている。一度考えたら終わりではなく、ずっとそれを考え続けて、より良いものにしている。するとお金や自由は、そうした活動の結果だと思えるようになった。このように起業家は話してくれた。

こうした起業家のケースを踏まえながら、教授は事業活動とはTrustを築くことだと補足した。企業によって事業をやる理由はさまざま。例えば地元農家と地域社会のつながりを取り戻すことで食の改善を目指すクラフトフード企業。ペットの衛生管理を促進することで人とペットの絆を深める企業。地球上の自然を活用して人に活力を提供する企業。さまざまなスタートアップがケースとして紹介されたが、こうした企業たちは自分たちが事業に取り組む「なぜ?」をそれぞれ持っていて、事業活動を上手く行えば、顧客たちの中で「たしかにこの企業はその”なぜ?”をやってくれる」という信頼を築くことにつながっていく。

困難に陥った時は
コアに戻る

戦略通りに物事は進まないし、戦略がそもそも最初から的外れなことはある。本業から遠く離れた事業に新しく取り組むこともあるし、一気に海外に市場を広げようとすることもある。授業で紹介されたケースでは、宿泊型体験施設を運営していた企業が、そのブランド名を使ったスキンケアプロダクトを開発してヨーロッパに販売し始めた。しかしマーケティング費用がかさむ一方で、事業全体における売上比率は低い状態が続く。そして気づけば本業の宿泊型体験施設の売上も低下し始め、企業全体の業績が悪化。

こうした時は、基本に立ち返ること。いったい自分たちは何でお金を稼いでいたのか。そのコア事業に戻ることが必要だと教授は話す。新しいことにチャレンジするのもよいし、失敗してもよい。ただし自分たちにお金をもたらしてくれるコア事業を毀損しないこと。コア事業に再び注力すれば時間はかかるかもしれないが、また事業は回復基調を取り戻すことができる。このケースの宿泊型体験施設も、コア事業に再度フォーカスし危機を逃れた。

自分たちにお金をもたらすコア事業があれば、失敗があってもやり直すことができる。それが起業家に粘り強く何度も企業を拡大するチャンスを与えてくれる。自分たちがなぜこの事業をやっているのかということは精神面で起業家を支えてくれるが、Cashをもたらすコア事業は精神論を超えて直接的に起業家を支えてくれることになる。

なぜその事業をやっているのか。お金をもたらすコア事業は何か。これらが揃えば、あとはぐるぐるとぐちゃぐちゃのアントレプレナーシップの旅を歩むだけ。成功するかどうかはどこまで粘れるか次第だ。

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