40代サラリーマン、アメリカMBAに行く vol. 13 〜起業家に聞く5
バブソンMBAでの授業とは別に、ボストン・日本人・起業家をテーマに、起業家に会って学ぶ活動。今回はボストンでお弁当屋さんを経営するNagisa Ikemuraさん。彼女は、自分のパーソナリティーにシンクロする仕事にこだわった結果、会計事務所を退職してお弁当屋さんを創業した。
ロジックではなく、
自分のパーソナリティーにシンクロするか
Nagisaさんは、アメリカのカリフォルニアで小学校を過ごした後、日本の中学、高校、大学に通う。スポーツ好きで、大学もスポーツ関係の学部を卒業。日本で一度就職後にアメリカへ渡りCPAを取得後シカゴの会計事務所で働くことになる。しかし会計事務所にいる自分は輝いていないとずっと思っていたと話す。学生時代にスポーツをがんばってきたのに、卒業して就職した瞬間自分から何もかもなくなってしまった感じがした。心地よくない中、このまま老いていきたくない。自分にあったことをやって充実した人生を送ろう。そこから自分中心に、何が得意なのだろう、何が好きなんだろう、何が自分に合っているのだろうと考え始める。
まずずっとスポーツをやってきたので健康な体があること。自分のパーソナリティとしてはパソコンの前にいるよりも人と会う方が合っていること。そして食べ物が好きで自分でこれまでお弁当をつくっていたこと。特に大学時代はよく自分でお弁当をつくっていたし、栄養管理も勉強してきた。これらを掛け合わせてお弁当屋さんをやろうと決めた。
彼女にとってお弁当はただの食べ物、ただのランチボックスではない。お母さんがお子さんにつくったり夫婦でつくったりして、食べ物に気持ちが乗っているどこかやさしい気持ちになれるもの。お弁当は一番良いタイミングで食べるものではなく、冷めているのに温もりを感じるもの。そういう点が彼女のキャラクターに合っていると考えた。自分のパーソナリティに照らし合わせた時に、同じ食べ物を作るにしてもカフェやレストランではなくて、お弁当。お弁当が売れるからというのではなく、自分にシンクロしているアイテムだと考えた。会計で使っていたロジックではなく、自分の感情やパーソナリティという側面から、お弁当がぴったりだと感じたのだ。
とはいえ、会計事務所を退職してお弁当屋さんを開くことに最初躊躇した。しかし会計事務所に残る方が危機感が強かった。ここにいてはいけない。自分がダメになっていってしまう感じがした。会計事務所にいた時は自分がアリみたいだと思っていた。エクセルシートと睨めっこして、上司に持って行ったら「ここを変えて」「あそこを変えて」と言われ、その通りに修正をする。これは自分でなくてもいいし、自分の特徴を何も活かせていないと感じていた。誰かのどこかの会社を探す選択肢もあったが、自分でやった方が早い。だからこそ自分の輝ける場所は自分で作ろうと思ったと話す。シカゴで働いている時にたまたま知り合った方に、MBAに通った後におにぎり屋さんをはじめた日本人の方がいた。彼を見て、「はじめることができるんだな」と思ったのだ。そして、どうやって始めたのか、ライセンスのことやシェアキッチンのこと、まず何をすれば良いかを教えてもらった。
アメリカだったからできた
日本だったらできなかった
「日本だったら起業できなかったと思います。日本で私がお弁当屋さんをやっても、ここまでお客さまを集められるかなと。アメリカだからユニークな点が出せていると思うのです。私は日本語も英語も話せます。お弁当のカルチャーをアメリカのお客さまに伝えることができます。アメリカだからそういう自分の強みを生かすことができます。一方、日本でお弁当屋さんをやっても、自分の強みは生かされません。アメリカだからこそ自分のもっているものが輝けると感じています。それに、こちらでは出る杭が打たれるというのはありません。無理だよと言ってくる人はほとんどいませんでした。逆にやってみれば?と言ってくれる人の方が多かったのです」
そう語る彼女は、縁があってボストンに引っ越してお弁当屋さんを始めることになる。今から考えれば、ボストンはサイズ感がちょうど良い場所で良かったと振り返る。まず公共交通機関が発達していること。たとえばロサンゼルスでは、なんでも車で買いに行かないといけず、一手間になる。しかしボストンはバスも電車も張り巡らされており、ここに住んでいる人は電車に乗ってちょっと足を伸ばすという感覚で移動をする。その割には小さく閉じた都市ではなく、新しいカルチャーを受け入れる風土がある。日本食もメジャーだ。
2022年6月、本格的にお弁当屋さんに取り組みはじめる。シェアキッチンを借りキッチンの使い方に慣れてきたところで、ファーマーズマーケットに出店してみようと決めた。お弁当のメニューを考え、唐揚げ・シャケ・焼肉・ナスの4つを揃えた。最初は特に何個売ろうとは考えずに、ひとまず20個を作ってマーケットに行き販売。するとすぐに売り切れたので、徐々に数を増やしていく。すぐに50個ほど用意して持って行くようになる。
ファーマーズマーケットでの販売に慣れてきた頃、シェアキッチンに来ていた他の同業者からポップアップストアの話を聞く。ボストンのケンブリッジという場所にあるブリュワリーで、夜になるとフードのポップアップストアを展開しているようで、月に2、3回出店させてくれる。お弁当の準備の仕方が変わってしまうので少し怖かったものの、成長の機会になると考えて彼女からEメールを送り、販売させてもらうことになる。
そしてその後は店舗を構えることになる。ボストンのサマービル市が、海外から来ているユニークな飲食系スタートアップを支援していて、8週間のワークショップを終えたスタートアップの中から選ばれた企業が、市が運営するマーケットで週に3回店舗を借りて販売することができる。ありがたいことにその一社に選ばれた。販売量は一気に増え、準備の量もそれにつれて増えたが、仕事へのコミットメントが強くなっていると話す。
ボストンでは、お弁当はまだまだ知られていない存在。販売していても、お弁当って何?と聞かれる。シャケは焼いてあるのか?刺身なのか?といった質問も出る。「お弁当は、ごはん、メイン、そして野菜も入っていて、ボール1個で完結するものだ」という話をしながら、お客さまにお弁当を伝えている。常連は徐々に増え、30代~60歳くらいの年齢層上めの方が多い。おいしいという理由だけでなく、お昼からお魚を食べることがアメリカではなかなかできないので、シャケ弁が好評。お客さんがお腹の空いている時にお弁当箱を開けて、WOWと思って欲しいので、色とりどりの素材を入れたり、ニンジンを花形にくりぬいて入れたりもしている。栄養バランスが良く、かわいくて、ユニークで色とりどりで綺麗という彼女のお弁当がお客さまの心をつかんでいる。数字のロジック、損得感情ではなく、自分のパーソナリティーを大切にして、どんな仕事なら、どんな場所なら、自分が輝くことができるのかにこだわって事業を始め、手探りで事業を拡げている彼女から学ぶことは多い。