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夕暮れのばくだん

バスを降りて、淀川沿いの河川敷をとぼとぼ10分ほど歩いて家に向かう、夕暮れどきの帰り道。

できて一年くらいのバスケットボールのコートの横を通る。近頃は子どもたちに大人気で、いつ通っても玉入れ状態になっている。のどかだ。

大きな歌声が聴こえてきたので声の主を探してまわりを見渡す。でも夢中でボールを投げる子どもたち以外には、土手に座り込むおじさんしかいない。

じっと遠くを見つめるおじさん。川を見ているのだろうか。もう一度あたりを見回してみても、おじさんしかいない。声もそこから聴こえてくる気がする。

やっぱりこの歌声は、遠い目をしたおじさんのマスクの下から聴こえてくるのだ。いかにも歌っていませんという目をして、マスクに隠された口から発せられる大きな歌声。

人はそんなふうにしたい日があるのかもしれない。決して目立ちたいでもなく、でも控えめにでもなく、大きな声で人目も憚らず朗々と歌いたい日が。

おじさんを見て、谷口ジローの『歩くひと』という漫画を思い出していた。散歩の道中出会う物や人に次々と接触していく、ほのぼの漫画に見せかけて結構やばい人の話。彼ならばきっと、このバスケットボールの子どもの群に入っていくのだろうな。

わたしは小学4年生から中学3年生の5年間バスケットボール部だった。小中ともに府内ベスト4に入るような強豪校。強豪校の6番手。だいたいはベンチをあたため、チームのピンチのときにだけダメ元で投入されるスリーポイントシューター。いつも突然やってくるピンチをチャンスにかえる瞬間。緊張でがちがちに固まった体で、くるなくるなくるなと願いながらコーチに呼ばれるのを待っていた。

ふいと方向転換して、バスケットボールの子どもたちの中にゆっくりと歩いて行く。男の子からボールをひょいと取り上げて、スリーポイントラインからシュートを打つ。ボールは空を切って輪を描く。シュッと音を立ててゴールを通り、つぎの瞬間にはポーンポンポンポンと地面を転がっていく。唖然とする子どもたちを尻目に、わたしは何事もなかったように歩き去る。振り返らない。背中越しに朗々と知らない歌が耳に響く。

わたしもいつか、そんなふうにしたいのかもしれなかった。

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