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空想お散歩紀行 複数人格所持社会

小さなライブハウスの中が今や、世界の中心でもあるかのような熱い空気で覆われていた。
ステージの上にいるのは4人組の少女たち。ギターを持ったボーカルの少女が声の限りに歌を叫んでいた。
他のメンバーも自分の楽器に己の力を注ぎ込んでいる。
それにつられて観客の熱も上がり、それがまたバンドメンバーに力を与える。
今ここにある魂は全てが本物だった。
だが、少しだけ真実ではないものが混ざっている。
かつて世界は脅威に包まれていた。
とあるウイルスが世界中で蔓延していたのである。
それは感染力と死亡率が高い恐ろしいもので、人々はまともに外を出歩くことさえできなくなっていた。
しかし、そのような追い詰められた状況こそ、新たな何かが産まれる条件になることもありえる。
義体技術がその期間に爆発的な進化を遂げた。
人は家にいながら、自分の肉体の代わりとなるボディをリモートを操ることで外出し、労働などを行うことで世の中を動かし続けることができるようになったのである。
そして、ウイルスの脅威を乗り越えた世界は決して元の姿に戻ることはなかった。
リモート義体で生活をする人々がそのまま残り続けたのである。
技術はますます進歩し、もはや服の上から見ただけでは、生身の人間か義体か分からないほどになっていった。
そして、興味深い現象が起こり始める。
個人の、義体複数持ちである。
一人の人間が、義体を複数所有し、用途によって使い分け始めたのだ。
仕事用、趣味用、お出かけ用。その時の役割や気分で自分の体を人々は自由に使い出したのだ。
今、このライブハウスのステージで演奏をしている4人の少女によるガールズバンドだが、全員義体である。
そして、本体である人間は全員男だ。
4人とも成人でそれぞれ仕事をしているが、全員が事務作業などなど、お世辞にも目立つ仕事をしている者たちではなかった。
だが、彼ら、いや彼女たちは今ステージの上で世界の中心に立っているのだ。
観客もそれを分かって応援している者がほとんどだ。
そもそも、この日の観客の半分以上も義体であり、その正体は誰にも分からない。
もしかしたら男に見えて中は女かもしれないし、若者に見えて老人かもしれない。
本人は非常におとなしく内気な性格なのに、義体ではとてつもなく積極的になる、という研究結果も枚挙にいとまがない。
かつて一人の人間の中にたくさんの人格があることを多重人格と呼び、一種の傷害のように捉えられていた時代があったが、今や世界は複数人格所有が当たり前で、それをどう使い分けるかが充実した人生を送る鍵となっているのだ。

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