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空想お散歩紀行 ペンギンカフェ

カランカランと小気味いい音が店内に鳴り渡る。
「いらっしゃい」
カウンターの中にいるのは一人だけ。このカフェはこのマスターが一人で切り盛りしている小さな店だ。
「こんなところに店があったなんて知らなかったな」
入ってきた客は白い体に白い翼をもつハトだった。
「どのお客さんもそう言いますよ」
マスターは黒と白の二色の体に固そうな嘴。目の上には凛々しく伸びた羽毛が眉のように顔を引き締めている。
マスターはペンギンだった。
ここは小さな雲の上にある一件のカフェ。
「こんな場所にありますからね。風の機嫌のままに流れに乗って、その日いる場所で店を開いているだけです」
「それにしても、空の上でペンギンさんを見るとは思わなかったよ」
「小さな頃からの夢だったんですよ。空を飛ぶのがね」
客は店のおすすめであるオリジナルブレンドを注文した。
淹れたてのコーヒーの苦くもホッとする香りが小さな店内に広がる。
窓の外を見ると、ゆったりと景色が流れていく。流れているのは景色ではなく自分の方なのだが。
「落ち着くいい雰囲気の店だね」
「でも、あまり長居するとここを出た時、場所が分からなくなりますよ」
「そうかもな」
二人の笑い声が店内のジャズ音楽と混ざり合う。
一期一会、一度訪れたら次に会うのはいつか、誰にも予想できない雲の上のペンギンカフェ。

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