空想お散歩紀行 良いお年を
長い旅の末、勇者はついに魔王の城へと辿り着いた。
幾多の出会いと別れ、幾多の試練を乗り越えて、ついに最後の目的地へと足を踏み入れたのである。
全ては魔王を倒すため、世界に光を取り戻すためだ。
彼は伝説の武具を身に着け、ただ一人最後の戦いへと赴く。
彼のその姿は、見ただけなら一人だけかもしれない。
だが、彼の心には今まで出会った全ての人たちの想いがあった。
それがたった一人でありながら、まるで彼の背後に無数の人間がいる、大軍勢のような気配をまとわせていた。
彼は進む。敵の本拠地の中を。
おぞましい雰囲気とは裏腹に、今のところ何かが起こる気配はない。
話では、無数の魔物と無数の罠が、訪れた者が文字通り塵となるまで襲い掛かるということなのに、現状は至って静かだった。
しかし勇者は油断することなく、先へと進む。程なくして巨大な扉が彼の前に現れた。
人間が通るには大きすぎるそれは、無条件に彼の警戒心を一段階引き上げた。
今まで地獄かと思っていた魔王の城はまだ序の口で、この扉の先こそ真の地獄なのだと勇者は直感で理解した。
息をのむ彼であったが、その時、一枚の紙がその扉に貼られていたことに気づいた。
『年末年始は、魔王以下全ての魔物たちは実家に帰省しております。御用の方は日を改めて―――』
「・・・・・・」
勇者は魔王の城を後にした。
年が明けたら再び訪れるために。
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