空想お散歩紀行 テクノロジー彼岸
男は目を覚ます。朝日が少し入ってくる六畳ほどの部屋。床に直に敷いた布団から体を起こし、壁に掛かっているカレンダーを見ると、7月24日。
今いる部屋にエアコンは無く、タイマーが切れた扇風機が一台置いてあった。
一瞬、彼はここがどこか分からなかったが、すぐに頭の中に情報が流れ込んでくる。
ここで目覚めたということは、自分はついに死んだのだと、彼はすぐに悟った。
38歳のときに、彼は自分自身の全ての情報をネット領域にコピーして、電脳化した。
産まれてからの記憶というのは全て消えることはない。日常を生きていくために必要な分だけ表に出して、残りは全て脳の中に保管され、普段は忘れている、ということになっている。
それらの全ての情報をコピーすることで、もう一人の自分を作り上げることを電脳化と言う。
そして、現実の肉体が死を迎えた後、ネット空間内で電脳化した自分が目を覚ます。
システムからの情報によると、彼は38歳の時に電脳化し、死んだのは59歳。交通事故が原因で死亡した。
だから約20年分は情報が無いわけだがそれは仕方ない。電脳化した後、一度もアップデートをしなかった自分の落ち度だと彼は割り切った。
改めて自分の体を見る。手や足が小さい。
それもそのはず、電脳化した際の設定で、肉体が死んだあと目覚める時は、8才の夏休みからと彼は決めていた。
今目覚めたのも、彼が38歳の時点で住んでいたマンションの一室ではない。その時点では既に取り壊されていた、子供の頃住んでいた家だ。
部屋に置かれている物、匂い、外から聞こえてくる音も全て彼の記憶から再現されたものだ。
彼の新しい生活がここから始まる。
現在地球の実在人口は約80億。それに対し、ネット上で電脳化した人間の数は300億を優に超えている。
彼が自分の記憶だけで生きていくのか、それとも他の誰かの記憶と結びつくのか、それはまだ分からない。
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