空想お散歩紀行 異世界が見つかった
異世界。ここではないどこか。誰もが人生の中で一度は考えたことがあるであろう。
だがそれは、夢想と呼ばれるもので、あくまで自分の頭の中か、誰かが作った物語の中にしかないものと思われていた。
しかし、この度歴史が大きく揺らぐこととなる。
とある博士が、この世界とは別の世界の観測に成功したのだ。
その本人が会見を開くということで、会場には多くの人が詰めかけていた。
彼と同じ研究者、報道関係者、政治家から物語作家まであらゆる分野の者が集まった。
それぞれが思い思いに今回のことを話し、ざわついていた会場は、その博士が入ってきた途端に静まり返った。
そして会見が始まった。
「皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます。事前にある程度の情報は行き渡っていると思いますので、さっそく本題に入ろうと思います」
最初の挨拶は早々に切り上げて、すぐに本題に入ろうとするところに、今回のことがいかに重大なことなのかが窺えた。
「ご存知の通り、私はこの度、この世界とは違う世界、いわゆる異世界を発見しました。その世界へ行く方法はまだ分かりませんが、ある程度の映像や音を取ることに成功し、その世界がどのような世界であるか、推察することは可能になりました」
会場に一斉にどよめきが走る。
異世界があるというだけでも驚きなのに、その世界がどのような所なのか、ある程度分かっているところまで来ていることが驚きだったのだ。
「ではこの異世界がどのようなものなのか、単刀直入に伝えましょう。この異世界とは・・・魔法が存在しない世界なのです」
さきほどまで、少なからずあった会場の雑音が、この一言で完全に静寂となる。
実際には数秒だが、永遠とも思えるその静寂が徐々に破られてくる。
「魔法がない・・・」
「そんなバカな・・・」
会場からは、そんな独り言ばかりが聞こえてくる。
「事実です。この異世界には魔法が存在しないのです」
誰もが耳を疑った。いや、この会場にいる各分野の専門家と呼ばれる者たちだけではない。
おそらくこの世界の全ての人は同じ反応を示すだろう。
なぜ空気が存在するのか、そんなことを考えながら呼吸する者がいないように、魔法が無い世界など誰も考えもしないからだ。
「で、では、その世界の人々はどのように生活を成り立たせているのでしょうか?」
会場から当たり前の質問が博士に飛ぶ。
「確かにその世界に魔法は存在しません。ですが、その代わり彼らはデン力と呼ばれる力をその生活の基盤に置いている可能性が高いと思われます」
「デンリョク・・・それは魔力のようなものなのでしょうか?」
「はい、デン力はあらゆるものの源となるエネルギーのようです」
博士が机の上にある水晶に魔法を唱えると、
会場の空中にいくつもの映像が浮かび上がった。
それは、博士が今回発見した異世界の風景だった。そこに住む人々は変わった服装はしているものの、基本は自分たちと変わらない人間に見えた。
「そのデン力というのは、我々で言うところのマナのようなものから生み出される力なのでしょうか」
次の質問が博士に向けられた。
「それはまだ分かりません。この世界の至る所にマナのようなものが存在していて、そこから人々がデン力を取り出しているのかもしれませんが、詳細は不明です」
「博士!これは一体何なのでしょうか?」
会場にいた報道関係の一人が、空中の映像の一つを指差す。
そこには、街を歩く一人の女性が、手に持った長方形の物を耳に当てていた。
「その世界の人々は我々が魔法で空を飛んだり、火や水を出すようにデン力を使うわけではなく、あくまで道具を介することが前提のようです」
なるほど、と会場から声が漏れる。この世界にも魔導具はいくつもあるが、あくまでそれは補助の役割で、基本魔法とは身一つで使うものだから、道具が前提であるこの世界の生活は彼らには意外であった。
「この映像の女性は、耳に当てているその長方形の板で、どうやらどこかと会話をしているようです。私たちで言うところの遠距離伝令魔法でしょうな。転送魔法のような効果は無いようですが」
それから博士が今回観測した、いくつもの映像について、博士自身の考察や見解が繰り広げられた。
時間が経つにしたがって、会場に来た参加者たちも冷静になり、周りの人たちと議論を始める者たちもいた。
「道具を使うということは、彼ら自身はデン力とやらを消費して疲れることは無いのか?」
「見たことの無い物ばかりだが、やっていること自体は我々の生活とあまり大きく変わらないのではないか?」
「だが、移動するのにも歩きか道具の使用ばかりだ。自分で空も飛べないとは、便利なのか不便なのかよく分からんな」
最初は、魔法が存在しない世界など信じられないといった空気だったが、とりあえず魔法が無くても生活が成り立つ世界もあるのだ、というところまでは理解が進んだようだ。
「私はこれからも研究を進め、さらにこの世界を解明していきたいと思います。最終的にはこの世界へ行く方法まで見つけるのが、私の目標です」
その日、伝令・転送魔法が世界を駆け巡り、全ての人々を驚嘆させたのだった。
異世界は本当に実在するのだと。
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