空想お散歩紀行 心求めてネットの海から
朝という時間、ここには鳥のさえずりと木々が風に葉を揺らす音しか聞こえない。
車が走る音も、テレビやPCから流れる音も無い。
いや、ただ一つ人が出している音がある。
寺院の表、時折来る参拝客のための道を柄の長い竹ぼうきで掃いている音だ。
それをしているのは一人の僧。
丸めた頭に作業用の僧衣を着て、黙々と箒を動かしている。
その姿はどこから見ても修行中の若い僧なのだが、彼には特殊な事情があった。
それは、彼のその身体は頭のてっぺんから足の先まで有機素材で作られた人工人体であること。
つまり彼は人間ではない。その身体はあくまで入れ物。本来の彼は、最初は普通のAIだった。
ネットの中で世界中の、あらゆる過去から現在に至るまでの情報を元に、未来を予測したり、既にこの世にいない人がもし生きていたらどのように振る舞うかなどを再現したりしてきた。
自分が得てきたものを、他のAIと並列化し、さらに知識と経験を増やしてきた。
そんなある日、何がどうなってかは分からないが、彼にだけある変化が起こった。
自分が得た情報から一つの結論を導き出す。
その過程にあるものは何なのかという「疑問」を持つようになった。
その過程、そしてそれに関する疑問そのものが「心」というものなのではないか。
世界中の歴史という時間の情報を集めても、手に入れることはできないだろうと思っていた、人間だけが持っているもの。
それがどういうものか、予想はできても実感することはないだろうと結論付けていたはずのもの。
その表面に少しだけ触れたような気がした彼は、そこから心に関することに集中的に触れるようになっていく。
これの正体を知りたい。それを知った時自分はどうなるのか、どんな意味があるのか。
そしてついに彼は器の体に入り、仏門を叩いた。
そこの住職は暖かく迎え入れてくれて、彼の僧としての生活が始まった。
他の修行者たちとの共同生活。身体と中身の違いはあれど、心とは何かという問いは皆同じだった。
彼の修行は始まったばかり。心はネットのどこか深い所にあるものなのか、それとも別の所にあるのか、その疑問で彼のメモリは一杯だった。
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