空想お散歩紀行 その魔法は保護されています
大勢の人、無数の車が流れる都会の喧騒の中を、一本と糸がその間隙を縫うように一台の自転車がすり抜けていく。
自転車に乗っているのは一人の少女。動きやすいスポーツウェアにヘルメット、背中にはその体に不釣り合いなほど大きなカバンを背負っている。
彼女は今、自転車で様々な物を配達するサービスのバイト真っ最中だった。
どんなに華麗にスイスイと自転車を操っても、赤信号には叶わない。その度に足を止められることに少女は静かに苛立ちをつのらせていった。
「もう、空飛べればすぐに着くってのに」
彼女は魔法が使えるという能力があった。いわゆる魔法使い、魔女の類の力だ。
だが、今は使うことができない。なぜならここは魔法が普通に存在する世界ではないからだ。
彼女が産まれた世界では魔法が当たり前にあり、社会を支えている。そしていくつもの世界と繋がる技術を持っている。
彼女が今いる世界もその一つ、ここは魔法が存在しないが、科学技術はそれなりに発達している。しかし異世界の存在を知っている人間はほんの一握りしかいない。
このような、魔法の存在が認知されておらず、それでいて人々の欲望だけは常に膨らみ続けるような世界は都合が良いのだ。
魔導犯罪者たちにとっては。
魔法の力を悪用し、自らの利益しか考えない魔法使いたち、それが魔導犯罪者。
そのような犯罪者がいれば、当然正義の側も存在する。
彼女もまた、そんな正義側の一人だった。
しかし、彼女は警察のような組織に属しているわけではない、言わばフリーランスの正義の味方といったところだ。
フリーの方が犯罪者を捕まえた時に名を上げやすいし、報酬も独占できるというのが彼女のようなフリーランス魔法使いの主な考えだった。
こうして日夜、独自に魔法犯罪を追っているのだが、今彼女には犯罪者以上に切実な問題があった。
お金である。
生活費も当然ながら、それよりも彼女の懐を直撃しているのが・・・
「どうして、魔法使うのにお金払わないといけないんだかなー。こちとら正義の味方だぞ」
彼女の世界では魔法に対して著作権が認められていた。
新たな魔法の開発を促すために、その制作者を保護する目的で作られた法律である。
なので魔法を使うには著作権料を払う必要があった。
箒で空を飛ぶ魔法や、簡単な火球を出すような古来からあるような魔法は既に著作権が切れているから自由に使えるが、いかんせん応用力がない。
便利で使い勝手のいい魔法は軒並み著作権が生きている。
この魔法が存在しない世界でいかに人々にばれることなく魔法を使い、さらに著作権のことまで考えて活動できるかが、彼女の頭を悩ませている。
「・・・悪党どもは著作権なんか気にせず魔法を使いまくり、生活のために魂を売った社畜どもは組織の経費で魔法を使いまくり・・・不条理じゃない?一番正義を考えてる人間が一番正義に時間を使えないなんて」
赤信号を待っている間に、とめどなく言葉が漏れてくる。誰か聞いているわけでもないのに。
「夜だったらもっと魔法使いやすいんだけど、
いいバイトないんだよなあ」
信号が青に変わる。ぐちぐち言っていても始まらない。今はできることをやるしかない。
彼女は自分に言い聞かせるとペダルを強く踏み込んだ。
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