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空想お散歩紀行 ゾンビシティー・ナイトウォーク

まだ昼間の熱が冷めやらぬ宵の口。
青白い街灯が並ぶ道は涼やかな雰囲気を通り越して薄気味悪ささえ感じられた。
「キャアアアアッッ!!」
突如通りの一角から、女性の叫び声が街中にこだまする。
その直後、一目散に走る二人の女性の姿があった。
彼女たちが逃げてきた先には一人の人間が立っていた。いや、それは人間ではなかった。
立ち姿こそ人間に酷似しているが、その皮膚はただれ、片方の目玉は今にも落ちそうなほどに飛び出て少し垂れていた。
誰もが一度はどこかで目にしたことがある、ゾンビという存在、まさにそのものであった。
逃げていく女性の後ろ姿を少し眺めた後、ゾンビは反対方向へと足を向けた。
その手には、先程コンビニで買った弁当と飲み物が入ったビニール袋を持っている。
「もうそんな時期かあ」
ゾンビはふと独り言をもらした。
ここは、住んでいる住民が全てゾンビの街、ゾンビシティーだ。
そして今季節は夏。夏と言えばホラー、ホラーと言えばゾンビということで、この市には夏に大勢の観光客がやってくる。
さきほど逃げていった二人の女性も、悲鳴こそ上げていたがその顔は笑顔一色だった。
観光客にとって、ここは街全体がお化け屋敷のような感覚なのだ。
「慣れたもんだよなあ」
このゾンビは数年前にここに越してきた。
最初は夏が来るとよそから人がやってきて、人の顔を見て驚いて逃げていく様に正直いい気持ちは抱かなかったが、今では夏の風物詩として受け入れることができている。
中には、サービスとして観光客をわざと驚かしたり、ちょっと追いかけるなどの行為を自分からやっている市民もいるくらいだ。
しかし彼はそこまでやる度胸は無かった。自分の方に向けられている視線に気付いても、気付かないふりをして歩き続ける。
「それにしても、大昔だったらここまでゾンビに親しみ持たれることなんてなかったよな」
世界に種族は数あれど、ゾンビは中々一般的には受け入れられる種族ではなかった。
しかし科学が進んだおかげでゾンビ族最大の難点である匂いを、市販されている薬を飲むだけで完全に克服することができるようになった。
そして今、この5万人にも満たない大して大きくもない市に、ひと夏で100万を超える観光客が訪れるようになった。
「別に俺たち見たって涼しくなるとは思えんがねえ」
多種族の考えることはよく分からんと彼は思ったが、実は夏のこの現象は歓迎しているところもある。
と言うのも、ゾンビシティーではやはり観光客の見世物のようになっていることに不満を覚える市民も少なからずいる。
そこで、夏が終わると観光で得た収益から、全市民に労いとして特別給付金が送られるのだ。
「たくさん来てくれるといいな。その分貰えるお金増えるし」
そう思うと観光客に少しくらいはサービスしてもいいかなと、彼は手のビニール袋を軽く振りながら、大衆映画に出てくるようなゾンビの動きを少しだけ真似しながら夜の街を歩くのであった。

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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5

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