空想お散歩紀行 困ってしまったあの日が再び
ただ小雨が降る音だけが世界を包む、そんな静かな夜に似つかわしくない音が部屋の中に響く。
一回の破裂音の後に、重量を持った物が床に落ちる音が続いた。
床に落ちたそれは、周りに赤い液体をまき散らし、自身もその中に沈んでいる。そして二度と動くことは無かった。
電気も付いていない部屋の中には、外のビルのネオンの光が差し込み、床の赤色に反射している。
その様子を眉一つ動かすことなく見下ろしている一人の男がいた。
撃ったばかりの銃を手にし、黒い服と手袋を付け、体が見えているのは頭の部分だけだ。
黒い服とは対照的に明るい茶色の毛に、眉間から鼻にかけては白い毛が渡っている。
頭の横の垂れた耳が穏やかそうな印象を与えるが、本人は今この瞬間も一切気を抜いていない。
見た目は典型的なビーグル種の男は倒れて動かなくなった、太ったブルドッグの男に再度銃を向けるともう一度だけ引き金を引いた。
そこでようやく男は小さく息を漏らすと銃を懐にしまう。
彼のモットーは仕事を完璧にこなすことだ。そこに一片の不安要素も残してはならない。
彼はこうして闇の社会を生きてきた。彼は、依頼されれば、運び屋、逃がし屋、殺し屋などなど何でも請け負う何でも屋だった。
そんな彼だが、10年前までは闇とは真逆の場所にいた。法と呼ばれる門の前に彼は立っていたのだ。
警察官として普通に生きていた彼だが、運命とはちょっとした風で大きくその流れを変える。
その日、彼は迷子の子猫に出会った。
しかしその子猫は泣くばかりで何も情報が分からない。彼は困り果て、ついには自分自身もただ鳴くしかなかった。
それだけならまだ良かったかもしれないが、その様子を一般人に撮影され、ネットに公開されると瞬く間に大炎上。
警察官の資格なしと断ぜられた彼は、バッジを返すこととなる。
その後は坂を転げるように陽の光の届かない場所へと落ちていき、今に至る。
男は今となっては、過去を恨みもしていないし、後悔もしていない。彼は全てを諦めていた。誰かの指示で動き、それを達成すれば金を得て、失敗すれば命を失う。そんな刃の上を彼は歩いていた。
今日のことも、ただ仕事を一つこなしただけ。
彼は静かにその場を去ろうとした。
だがその時、小さな音が彼の耳に入った。
瞬間、思考が命ずる前に彼の体はその方向に銃を向ける。
そこにはクローゼットがあった。
彼は銃を構えたまま、そこに近づくと一気に扉を開く。
向けた銃口の先にいたものに、彼は面食らって一瞬全ての動きが止まってしまった。
そこにいたのは、一人の子猫の少女だった。
ありえない。彼の再起動した頭が最初に出した言葉がそれだった。
殺しの仕事の際は、入念に相手のことを調べる。その結果、今回のターゲットの男には身よりと呼べる者は一人もおらず、仕事も一人でこなすタイプだった。
だとしたら、その男の仕事に関するなにかだろうが、今大事なのはそこではない。
殺しの瞬間を目撃されたかもしれない。
彼は仕事に完璧を求めた。目撃者など、いてはならない。
銃口は変わらず猫の少女の方を向いている。
目に涙を浮かべ、恐怖と不安だけが少女から溢れていた。
ここでやるべきことは至極簡単。それは彼も十分理解していた。
だが、彼の指はその判断に背いた。
引き金から離れた指はそのまま銃を懐へと収めさせた。
そして銃を握っていた手を、少女の方へと差し出した。
彼は今何をしているのか、自分ですら分かっていなかった。
だが、手を差し伸べる、このちょっとした動きが、彼の運命をこの後大きく変えていくこととなる。
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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5
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