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空想お散歩紀行 禁娯法

昼間だというのに、あまり日が入り込んでこない路地裏。
繁華街のはずなのに、その喧騒の一枚裏にある妙な静けさがその場を覆っていた。
一人の男が狭い道に立っている。
既に表から隠れるような場所にいるというのに、さらに周囲を警戒して、周りの建物の室外機や無造作に積んである何かの箱の影に隠れるようにしていた。
その時、別の男が音も立てずに近づいてきた。
帽子を目深にかぶり、その表情はよく分からない。帽子から金髪の髪が出ているのが見えるくらいだ。
その金髪の男は、先にいた男の近くまで歩いてくると、そちらの方を見ることも無く立ち止まった。
「・・・どうも、お待たせしました」
金髪の男は、視線を前に向けたまま横にいる男に話しかける。
「約束の物は持ってきたんだろうな?」
「ええ、もちろん」
金髪の方は特に表情は変わらない。最初からずっと口の端が少し上がって、にやけながら話している。
対してもう一方の男のほうは、ずっと疑心暗鬼といった様子だった。
「じゃあ、さっそくブツを・・・」
「ちょいと待ってください。こういうのは同時ってのがマナーでしょ。そっちだってちゃんと金持ってきてんですよね?」
「も、もちろんだ」
男はそう言うと、慌てて持っていたバッグの中から金を出す。特に袋にも入っていない、裸の状態の5万円。
それをちらりとだけ横目で見ると、金髪の男は、
「ええ、たしかに。では、こちらが約束のブツです」
そう言って、懐から何かを取り出す。それは、長方形の箱で、何やら独特なデザインをしていた。
「こ、これが・・・」
男は軽く震える手で、それを受け取る。落とさないようにと慎重に両手で持ちながら。喜びの感情がその表情から見て取れた。だが、
「に、偽物じゃあ、な、ないだろうな」
手に取った物に向ける顔とは逆に、金髪の男に対してはまだ疑いの念を拭いきれていない。
「正真正銘の本物ですよ。今この場で確認していただくことはできないので、そこは信用してもらうしかありません」
金髪の男は、疑いの目線を受けても動揺することなく微笑を続けている。
その姿に男の方も一応納得はしたのか、改めて受け取った物に目線を向け、にやけた表情になる。
その長方形の箱には、何やらカラフルな背景と数人の男女のキャラクターが描かれていた。
それを見ていた金髪の男がふいに口を開く。
「紛れもない本物です。1994年に発売された、日本のRPG。それほどヒットしたというわけではありませんが、マニアの間では高い評価を得ている作品です」
男が手にしている長方形の箱は、当時発売されていたゲームの箱だった。まだロムカセットが主流だった時代の物である。
現在、世界中でゲームが禁止されている。
理由は学力の低下、コミュニケーション能力の低下、金銭感覚の喪失等々、あらゆるマイナス要因、特に若い世代におけるそれらの原因をゲームに半ば強引に押し付けた時代があった。
それからというもの、世界中でゲームの開発や販売が抑制されるようになり、ついには全面的に禁止になってしまった。
しかし、娯楽を求める人の欲望がそれで消えるわけではない。
ゲームは闇の中でひっそりと息をし続けた。
かつて大ヒットを飛ばした作品も、一部マニアの間で伝説となっている作品も、いまや裏の世界で取引される違法の品である。
当然そこには闇社会の者たちが関わり、違法な物を、それを求める者に違法に渡しているのだ。
皮肉なことに、世の中のためにと思って禁止にしたことが、かえって人々の心を惑わし、闇社会の者たちの力を付けさせる結果となっている。
このゲーム禁止の法は歴史に残る悪法となるのだが、それはまだ当分先のお話。
受け取ったゲームをかばんに隠し、周りに注意を払いながら去っていく男の背を見ながら、
「当時は1万もしなかったらしいものに大枚はたいてまで欲しいなんて、人の欲は底がしれないね」
受け取った金を懐にしまい、最初と変わらない表情で、金髪の男は再び路地裏の影の中に消えていった。

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