空想お散歩紀行 見える世界
「やっと手に入ったか」
ネットでは販売されておらず、本屋を5店舗も回ってようやく目的の物を見つけた。
それが目に入ったときは、それだけで心が満足したほどだった。
先程まで、世の中に絶望したような顔をしていたのに今は一転、真冬真っ只中の今、一人だけ春が来たかのような笑顔の青年がそこにいた。
ホクホク顔の青年の隣にいる友人。彼は今日半ば無理やり買い物に付き合わされた形なので少々不満顔である。
「なあ。それそんなにいいもんなのか?」
友人が不思議に思うのは無理もない。
隣にいる青年がうれしそうに抱えている本。
タイトルは『だれも見たことない世界の絶景』
訝し気な表情の友人をよそに、青年は家に帰るまで我慢できなかったのか、適当はファーストフード店に入って、フライドポテトとドリンクをお供に本を開く。友人もそれに仕方なく付き合った。
「すげーッ!!」
「おい、あまり騒ぐなよ」
本に没頭するあまり、無意識に声が大きくなっているのを友人がたしなめる。
相変わらず意味がよく分からない。
ほらほらすげーだろと、その本を見せつけてくるのだが、友人が見るそこに映っているものは、川や海、森といった確かに綺麗な風景が広がっているのだが、誰も見たことないなんて大仰なタイトルの割には、そこまで特別感はない。まあ、タイトルとはそのようなものかもしれないが。
頭の上にハテナマークをいくつも付けている友人に対し、どこか優越感を抱いた顔で青年はただ笑っている。
その顔に苛立ちを覚えるが、やはりこの本の何がすごいのか分からない。
友人が一つ分かっていることは、この目の前の青年は特別だということだ。
彼はいわゆる霊能力者だった。
人ならざる者、普通の人間には見えない者が見える者だった。
彼曰く、霊というのは当たり前のように同じ世界に存在していて、それらはそれらで活動している。悪霊何て呼ばれているのは、人間の世界の犯罪者みたいなもので、いることは確かだがその数は圧倒的に少ないとのこと。
そして今回、青年がやっとの思いで見つけたその本。その正体は幽霊たちのセクシーグラビア、ゲスな言い方をすればエロ本である。
「知ってる?幽霊には足が無いってアレ。あれはな、中途半端な霊視能力持ったやつが言ったことが世間に広まっただけで、本来幽霊にも全身はちゃんとあるんだよ」
青年は得意気に本を見ながら話す。
「いやーほんとすごいわこれ。ここまでのやつは過去に無かったかもしれん」
彼が言うには、このように一般人には普通の本、もしくは特段おもしろくもない本が、特別な力を持った者だけには本来の意味が分かるということはそれなりにあるらしい。
当然そういった商品の数は圧倒的に少ない。だがその分規制やら何やらを素通りするので、過激な内容になりやすいようだ。
普通の人が見たらただの自然の風景が広がる本が、彼の目にはそれはそれは肉欲満載の淫靡な世界が映っているのだろう。幽霊だから肉体は無いのだが。
「ほんと今の時代に産まれてきて良かったわ。昔って幽霊は影に潜むのが常識って考えだったけど、今は積極的に表に出てくるのも受け入れられてるからね。多様性バンザイだ」
霊が表に出てくることが喜ばしいことなのかどうか、普通の人間である友人には分からなかったが、今幸せそうに注文したポテトにもドリンクにも手を付けず本に夢中になっている男を見て、まあそれもありなのかと心の中で思った。これっぽっちも理解はできなかったけれど。
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