空想お散歩紀行 リアリティ星5
森の中を走る一人の女がいた。
昼間だというのに薄暗く、足元は頼りない。
フードを目深に被った女の表情はあまり分からないが、焦りと不安がその体から出ているのは見て取れた。
女は逃げていた。だが、自分が今走っている先が安全な光の向こうか、それとも更なる闇の底か、彼女は分かっていない。
とにかく少しでも今この場所から離れたい、ただそれだけの気持ちで走っているようだった。
しかし、それは女が自ら終わりに向かって足を出しているに過ぎなかった。
そしてその時を迎える。
女が何かに気づき足を止める。ふと上を見ると、木々の上にいくつもの影がある。
舌打ちをする女。しかしすでに遅い。逃げているつもりが実は誘導されていたのだ。
しかし最後の希望を掴もうとするが如く、女は再び走り出す。
だが、それも無駄な足掻き。木の上から放たれるは何本もの矢の雨。
そのうちの数本が女の背中に突き刺さる。
一歩二歩、それでも前に進もうとする女だったが、ついに力尽きて地面へと倒れ込み動かなくなった・・・
「・・・カット!」
突如、その場に似つかわしくない明るい男の声が響き渡った。
「オッケーオッケー、良かったよ!」
小太りの男が物陰から出てくる。
それと同時に、さきほど矢を受け倒れていた女が立ち上がった。男は彼女に近づく。
「思った通りの画が撮れたよ。さすがだねアイナちゃん。あ、早く取ってあげて」
男に言われて一人の女性が近づいてきて、恐る恐るアイナと呼ばれた女の背にある矢に手を伸ばす。
「あ、ゆっくりやるとかえって痛いから、一気に抜いちゃって」
アイナにそう言われ、一思いに矢を抜くとそこから血が流れ出した。
だが、流れ出した血はすぐに止まり、そして再び傷口の中へと戻っていった。最後には傷口すら完全にふさがってしまった。
アイナに矢を射った役者が彼女にへこへこと頭を下げている。それを彼女は笑顔で手を振って返す。
アイナは映画撮影の際に登用されるスタントマン。正確にはスタントウーマンだ。
だが彼女は特殊な力を持っていた。
どんな傷もたちどころに回復される。
だから彼女のスタントにはトリックやごまかしが一切ない。
斬られる時は斬られているし、刺さる時は刺されているし、燃える時は燃えているのだ。
周りの人たちは彼女のことを不死身だと思っているらしいが、彼女曰く、痛くないわけでは無いし、大きすぎるダメージでは死ぬとのこと。
だが、爆発でほぼ原型をとどめていないところから平気で回復したこともあるので、ほぼ不死と言っても過言では無かった。
アイナの決死のスタントにはファンも多く、映画の内容なんてそっちのけで、彼女がスタントをしているという理由だけで映画館に足を運ぶ客もいるほどだ。
「監督。次はどんなシーン?」
監督と呼ばれた小太りの男はうれしそうに笑いながら、
「次はね、騎士の剣に胸を貫通させられて、そのまま崖から落ちていくシーンだよ」
「うん、問題無し。さっさといこう」
お互い、さらっと昼食のメニューでも決めるかのように気楽に話している姿を見て、かえって周りの方が想像上の痛みを感じていた。
特に、アイナを実際に刺す役者の方が今緊張のピークにいるくらいだ。
こうして撮影が続いている『森林の王~夕焼けの約束~』は今年の秋頃公開予定である。
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