空想お散歩紀行 あちらの世界のエンタメは
俺は今や世界的に有名人になっている。
と言っても何かを成し遂げたわけではない。
ただ、目が覚めた、だけだ。
俺は3年前、交通事故により意識不明になった。そしてそのまま眠り続け、ついこの間意識が回復したのだ。
連日テレビやネットのニュースで取り上げられ、国内のメディアはもちろん、外国の聞いたことも無いテレビ局だか何だかの取材も受けた。
聞かれたのはこれからどうしたいか?何をやりたいか?なんてことばかり。
まあ当然だが、眠っていた間のことを俺に聞いてくるところはどこも無かった。
だが、俺は覚えている。話したところで誰も信じるわけはないから話す気は最初から無いが、はっきりと覚えている。
そして今の俺の気持ちを正直に言うならば・・・
目覚めたくなかった、だ。
なぜかと言えば、俺が眠っている間に行っていた、あの世?天国?とにかく、あっちの世界は一言で言えば最高だった。
最高と言うのはエンタメ方面でのことだ。
俺がこの3年間行っていたのはまさしく死後の世界。
だから、あっちにはこちらの世界で既に亡くなった人たちが大勢いた。
まさか、あの映画監督があっちで新作を作り続けていたとは。
しかも、あの名俳優と組んでだ。あの監督と俳優は生まれた国も時代も違う。生前は会うことすらできなかったのに、あっちではもう何本か仕事を共にしていたというのだから驚きだ。
さらにあの天才漫画家も新作を作っていたし、若くして死んだあのミュージシャンも元気に曲を作っているではないか。
体という檻から解き放たれ、魂の場所であるあっちの世界では、彼ら創作をする者たちは文字通り疲れ知らずで作品を作り続けていた。
伝説級の者たちが死後も作り続けている作品は最高におもしろく、まさに彼らの魂そのものが形になったようなものばかりだった。
俺は3年間、毎日飽きることなく次から次へとそれらの作品たちを観て、聞いて、触れ続けてきた。
だから正直今は不安だ。こちらの世界で生きていくことで、あれほどまでの感動を得ることができるのだろうか。
だが、自ら命を絶とうとは思わない。
そんなことをしたら、あの場所とは別の所へ行ってしまいそうな気がするから。
運命が再びあそこへ俺を連れていくその時まで、ただ普通に生きていこう。
死後に楽しみがあるというのは、もしかしたら俺は世界一幸福な男なのかもしれない。
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