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空想お散歩紀行 侵略は内側から。バーチャル群雄割拠

エンターテイメントは変わった。
いまだにテレビの画面の中でイケメンな俳優や、可愛い女の子のアイドルが活躍してはいるが、人々がそういう類の人間の見た目に対する感覚は近年変わりつつあった。
今人気が急上昇しているのが、バーチャルタレントだ。
アニメ調の体を持ち、会話をしたり、リアクションを取ったりするのは「中の人」と呼ばれる者が担当する。
特に日本ではこの形態が一躍に流行した。
元々漫画やアニメに親しみがあり、世の中の全てには魂が宿るという八百万信仰は、人間以外のものが動いたり、喋ったりすることを容易に受け止めた。
しかしここに一つの問題が生じている。いや、正確にはその問題に気付いている者は現時点ではいないと言ってもいい。
テレビで、ネットで、至る所で活躍するようになったバーチャルな者たち。
人々は彼らを疑問を持つことなく受け入れているが、彼らの中身まで正確に知っているわけではない。

「やりましたね。今月でついに登録者が50万人を超えました」
「うむ。100万の大台までまだ半分だが、ここまでは予定通りだ」
とあるマンションの一室。PCを前に得意顔で微笑む女性と、その女性の気分を上げようと太鼓を叩く男がいた。
彼女たちはネットで最近話題になり、人気を博してきている一人のバーチャルタレントを運営していた。
誰でも比較的楽に始められることから、バーチャル活動をする者は年々増加の一途だ。
だが、そこは人気商売。大勢の人たちから注目を集めるところまで行けるのはその中の限られた者たちだけである。
そんな中でも脅威的な速さで駆け上がってきたのが、彼女が扮するキャラ『京極シオン』だ。
主にゲーム実況を中心とした活動で、強気な言動と、それに反比例するかのようなへっぽこなゲームの腕前のギャップが人気の理由だ。
目標の登録者数に達したことで一応の喜びはあるが、彼女の表情にはわずかに陰があった。
「・・・予定通りとは言え、最近の登録者の伸びに少しブレーキが掛かった感は否めんな」
「やはり、やつら・・・ですかね?」
彼女には最近気がかりがあった。
『グルシエーラ卿』というバーチャルタレントが最近デビューをしてきたのだが、そのキャラが彼女のキャラと被っているところがあるのだ。
「似たようなキャラは後発のほうがより尖れるから新鮮味が強い。今のところ私の敵ではないが、対策は考えないといかんな」
「もしやつらが噂通りだとしたら厄介ですからね」
従者の男が考える懸念、それは当然グルシエーラ卿の中の人だ。
「面倒なことになりそうだな。もしサキュバスだとしたら」
彼女と従者の男、二人は人間ではなかった。
彼女たちの頭には角が生えている。それはれっきとした鬼の証明だった。
今人間界は侵略の危機に直面している。
様々な種族が人間界を我が物にしようと企んでいるのだ。
ただそれは数百、数千年前から繰り返されてきたことで別段珍しいことではない。
今でも人間が自分たちの世界を維持できているのは、侵略の度に戦い守ってきたからである。
だから人間界を我が物にしようという側も、最近は手段を見直している。
正面から武力で獲ろうとすれば、手痛い反撃を受け撤退するか、もし勝つことができたとしても相応の被害を受けることになる。そんなところを別の種族に攻撃されたら元も子もない。
だから今までは多くの種族が互いを牽制し合っていたので人間界を獲ることができなかったとも言える。
そこで彼らは考えを変えた。武力を使わず、思想から攻めることを。少しずつ人間たちの考えを自分たち種族寄りにしていく。そうしていざ人間界を侵略したときも、反抗よりも享受を選択するように。
その点から、自らの姿は隠しつつ人間界に溶け込む手段としてバーチャルキャラはこの上なかった。
こうして、今人間界に存在するバーチャルな者の何割かは中身が人間ではない。
「サキュバスだとしたら、元より人間の男のことは熟知しております。男性ファンはすぐに増えるでしょうな」
従者の鬼の言う通り、グルシエーラ卿のファンは今のところ男性が9割と言っても過言ではなかった。
「どうだろうな。最近は人間界もコンプラとやらが厳しくなっている。サキュバスたちが自分たちのやり方をそのまま出せば、ソッコーで垢BAN食らうんじゃないか?」
「確かにそれはありえますな」
人間界を侵略するために、人間界のルールに従うという何とも言えないもどかしさを抱えながらも彼女たちは日々活動をしていた。
「そう言えば、最近また新たな勢力がバーチャル界に進出してきたようですぞ」
「またか。で?次はどこのどいつだ。巨人か、人魚か、それとも獣人系か精霊系か?」
「いえ、何でも宇宙からやってきたらしいです」
「・・・まったく、群雄割拠も甚だしいな。だがやるしかないか、鬼のプライドを舐めるなよ。おい、さっそく次の企画の会議だ」
こうして彼女たちは深夜にもかかわらず、次のゲーム実況企画について話し合いを始めた。
今、人間界は数多の勢力に浸食されつつある。

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https://note.com/tale_laboratory/m/mc460187eedb5

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