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空想お散歩紀行 年の瀬は心の中も大掃除

自分の力を活かして人生を生きることができるというのは素晴らしいことだ。
だが、そんな力も同じ使い方ばかりしていたら、いつしかマンネリ化して退屈になる。
だから、たまには違う使い方をするのがいい。
作品を作って商売をする漫画家が、何も考えずに落書きをするようなものだ。
「まいどあり~。どう?スッキリしました?」
「え、ええ。たぶん、まあ」
中年のおじさんは不思議そうに頭を搔いている。今日ここに来た目的は覚えているが、その『内容』がすっぽり抜け落ちているのだからしかたない。
雑居ビルの一室。必要最低限の物しか置いていない殺風景な室内。でもそれで十分。ここはあくまで副業のための事務所なのだから。
アタシはおじさんを送り出す。室内だというのに、野球キャップとサングラスを付けているのは、可能な限り顔を覚えられないことの方が本業にとって大切だからだ。
「やっぱこの時期は副業の方が儲かるわね」
アタシの本業は、国のちょっと一般人には言えない、と言うか理解されない部署で働いている。
そこはこの世の理を外れたもの、人外、現象、異世界、まあそういう類のものたちを相手にする秘密の組織だ。
全てを秘密裏に処理できればそれでいいのだが、たまに裏から漏れ出たものに遭遇してしまう間の悪い一般人がいる。
そんな一般人の記憶消去がアタシの持っている術式。
正確には、記憶を適応に辻褄を合わせて都合よく改変する力。
さっきのおじさんも仕事と家庭で溜まったイヤな記憶を前向きな記憶に置き換えた。
もともと持っていた記憶が変わるわけだから、アタシの施術を受けたあとに多少の混乱が生まれるのはしかたないことなのだ。
何はともあれこの力を使って、アタシはこの一般社会に無用の混乱を起こさないように貢献しているのでした。
だけど、毎日毎日同じような力の使い方をしていれば、さっきも言ったように退屈もしてくるもの。だから始めたのがこの副業だ。
消し去りたい嫌な記憶、きれいさっぱり流します。
これをキャッチコピーに、表向きカウンセリングをうたいながら細々やっている。
あまり大げさにやると本業の方の上から何言われるか分かったもんじゃないからね。
その時、カランカランとドアベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませ~」
この時間に予約は入っていなかったから、たぶん飛び込みのお客さんだ。
今の時期、年の瀬になると少しお客が増える。
やっぱり誰しも、今年の汚れは今年のうちに落として新年を迎えたいわけだ。
というわけで、アタシの副業は大晦日まで続く。記憶の大掃除がアタシの毎年恒例締めの仕事なのだ。

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