オオカミ少年
「大変だ・・・ッ!」
少年は走っていた。森の中を必死に。
植物の小枝が何度も体に当たり、体に小さな傷をいくつも作りながらも、それでも彼はその足を止めなかった。
村に危機が迫っている。彼はそれを伝えるために走っていた。
しかし、彼の心には二つの不安がある。
一つは今迫っている脅威のこと。そしてもう一つが自分の普段の行いだった。
彼はいつも、ウソを言っていた。
村の人たちに偽りの一大事が迫っていることを伝えることで、慌てふためくのを見るのを楽しんできた。
しかし今回は違う。彼が今までついていたウソが本当になってしまったのだ。
普段のウソと同じ話を、今度だけは本当の話として村の人たちは信じてくれるだろうか。
最近は彼のウソに、もはや反応が薄くなっているのを彼自身気付いている。
しかし、今日だけは信じてもらわないといけない。でないと村が大変なことになってしまう。
だから彼は走った。村に向かって。
4本の足で地面を強く蹴りながら。
「赤ずきんが来たぞーーーッッ!!!」
彼ら狼族にとって最悪の伝説上の人物。
狼族だけを執拗に狩り続ける歩く災厄。
4足歩行形態で風のように森の中をくぐり抜けていく。この森は彼らにとって庭のようなものだ。
それなのに、あの存在に差をつけている気がしない。むしろすぐ後ろにまで迫られている気がする。
赤ずきん。いくつもの伝承がある人間。
赤ずきんは称号みたいなもので何人もの人間が受け継いでいるという説。
過去に自分の祖母を狼に食われたことから、ずっと狼を恨み、全ての狼族を殲滅するまで復讐をやめない、闇に堕ちた人間説。
遥か昔から、狼に殺された人間たちの思念が集まり、人の形を取った説。
いくつもの言い伝えがあるが、共通するのは狼族にとってそれは滅びの言葉と同義ということだ。そのずきんは狼の返り血で染まったとも言われていた。
「赤ずきんが出たぞーーーッッ!!」
狼少年は叫ぶ。その言葉が皆の耳に届くことを願いながら。
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