空想お散歩紀行 アイドルに真に必要なこと
顔全体に接着剤でも塗りたくられているかのように彼女は感じていた。だが、それが彼女にとっての普通。
満面の笑みを1ミリを崩すことなく、彼女は手を差し出す。その手を握るのは大量の男、男、男。
「ありがとうございま~す。これからもよろしくね~」
高い声色をその男たち一人一人に寸分違わず掛けていく。
握手会会場は、ステージとは違う熱気に包まれ、そこは歓喜に包まれた男たちが列をなす場。
7人の少女たちがそれぞれのファン相手に握手を続けるその中に、ミリー・ブラッドベルはいた。
(あ~、早く終わんないかな・・・)
崩さぬ笑顔とは裏腹に頭の中はその言葉一色だ。もはや自分のことを自動で手を差し出す機械と思い込むようにしていた。
彼女がアイドルという仕事を選んだのは決して心からのものではない。
彼女の本業は詐欺師。それも宇宙の裏社会でそれなりに名が売れた存在だった。
だがしかし、そんな天才少女詐欺師も常に成功続きではない。
とあるヤバめの会社に詐欺を仕掛けたところ、失敗してしまう。
何とか逃げ延びることができたが、やつらが諦めるわけもない。もし掴まれば、良くて処刑、最悪死すら希望と思えるほどのことをされかねない。
助かる方法は二つ、一生逃げ続けるか、やつらから奪った金以上の重さを差し出すかだ。
幸いにも相手は面子よりも金を重視する類の者たちだった。つまり、小娘一人の命と尊厳以上の金を差し出せば、そちらを取る可能性が高かった。
そしてミリーは後者を選んだ。
追手から逃げつつ、大金を稼ぐ。それも可能な限り短期間で。
それで辿り着いたのが、ザッカーキケア星。
宇宙中から夢見る少女たちが集まるアイドルの聖地とも言える惑星。
ほぼそれだけで星の産業が成り立っている。当然そこに住む者たちも根っからのアイドルファンが最も多い。
まさか逃亡中の詐欺師がアイドルをやっているなんてやつらも思うまいとミリーは考えたのだ。
そして彼女には自信があった。男たちを騙すなんてたやすい。ちょっと媚びた態度を示せば簡単に金を落とす。アイドルオタクなんてカモがネギ背負ってくる以上のカモだ。
ミリーは自分の容姿にも多少は自信があった。それで騙してきたことも数多い。それに歌も、ダンスも、詐欺に仕える技術なら彼女はすぐに習得することができた。
だからミリーは、この数えきれないほどのアイドルたちがいる星で、ちょうどこれから売り出していく勢いのありそうなグループを見つけ出し、そこに入ることに成功した。
瞬く間にミリーは、100人以上が在籍するそのグループの2軍、その中のトップ7人の中の一人になることができた。
すぐに1軍に上り詰め、金を稼いでやろうと思っていたミリーだったが、そこで二つの誤算が生じた。
一つはこの星の住民をなめていたこと。この星の住人、ほとんどがアイドルファン、アイドルオタクなのだが、彼らのアイドルに対する信仰とでも言うべきそれは、常軌を外れたところにあると彼女は思い知った。
彼らがアイドルに求めるのは、神聖、純潔、透明性。だから、それから少しでも外れた者には容赦のない攻撃が加えられた。
ミリーの所属するグループの3軍の娘に、先日付き合っている男がいることが判明した。その男はザッカーキケア外の星の男だった。
それだけで、その娘は大量のバッシングを受け、その情報は一日と経ずに宇宙中へと拡散された。結局その娘はグループを脱退、星からも去ることとなった。
もう一つは、アイドル同士の戦いである。先程のスキャンダル、実は同じ3軍グループの誰かが流したという噂がミリーの耳に入ってきた。恋愛の話を相手の娘から引き出し、彼氏に対する想いを煽った。とても甘い毒を飲ませたのだと。
彼女は思い知った。ここでは自分は詐欺師として騙す側だと思っていたが、騙される側になってしまうかもしれないと。
(やってやろうじゃない・・・)
全てを騙す。文字通り生き残るために。
アイドルに必要なのはルックスでも、パフォーマンス力でもない。永遠に騙し続ける能力なのだ。
ほんの少しだけ、彼女の握手する手に力がこもった。
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