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空想お散歩紀行 異世界ダブルワーク

世界に必要なのは、正義でも悪でもなかった。
世界が存続するために最も必要なもの、それはバランスだった。
どんなに良いものとされることで、そちら側に傾き過ぎれば全てが根本から崩れることになる。
そうならないよう、世界のバランスを保つ者、それが調律者と呼ばれる者たちだ。
『世界』という存在が産み出した、人の姿をしているが、人ではない者。
人でないが故に人を超えた力を行使できる者。その力で、世界にバランスをもたらすために日々活動をしていた。
「む、もうこんな時間か」
ここに一人の調律者がいる。
「後のことは任せたぞ」
彼は周りの者たちにそれだけ告げると、席を立った。
深々と頭を下げて、何人もの彼の部下たちが退室を見送った。
彼はこの世界で、魔王と呼ばれていた。本人は名乗ったことは無かったが、勝手にいつの間にかそう呼ばれていた。
「魔王様はこの時間になるといつも席を外すな」
部下の一人が口を開いた。
「そうか、お前は最近ここに配属になったばかりだから知らないんだな」
隣にいた古参の魔王の部下がそれに答える。
「ずっと前からこうなのだ。魔王様がこの時間何をしているのか、誰も知らない。破壊の神に祈りを捧げ、瞑想をしているとの噂もあるが、誰もこの時間の魔王様の姿を見たことがないから真相は分からんのだ」
「そうなのか」
「だが、魔王様が何をしていようと関係無い。我々魔王軍は着実に世界を手に入れつつある。
魔王様が現れるまで100を超える国が争い合っていたのが、今は半分を切っている。確実に魔王様による新しい秩序が出来上がりつつあるのだ」
古参の部下は心底魔王を信頼していることがその語りの熱で伝わってきた。
全て魔王に任せておけば大丈夫だと言わんばかりだ。
だが、当の魔王と呼ばれている本人には、決して言えない秘密があった。

「あ、あれは・・・ッ」
一人の兵士が声を挙げる。つい今しがた人生の終わりを覚悟していた彼に、以前聞いた噂話が頭をよぎった。
その者はどこからともなく現れ、どこの国の誰かも分からない。
ただ分かることは、人とは思えない無類の強さでどんな魔物も屠っていく。
魔物の大軍勢を率いる大魔王が支配するこの世界で、人類の希望の光とまで称えられ、多くの人がその存在を知っているにも関わらず、その正体は誰も知らない。
そして今回も、とある国の軍隊が、侵略してきた魔物の軍勢にやられそうになっていたところに現れ、たった一人で戦況をひっくり返してしまった。
兵士たちが勝利に喜び、沸き立っている頃には、彼の姿はどこにも見えなくなっていた。

「さて、こんなもんか」
手に持っていた武器を地面に置き、一息つく一人の青年。彼は先程まで、多数の魔物相手にたった一人で戦っていた調律者である。
「最初はどうなるかと思ってたけど、この生活にも大分慣れてきたな」
彼には二つの顔があった。
世界にバランスをもたらす調律者として、二つの世界を行き来していた。
一つは、魔王として数多の勢力が跋扈する世界にバランスを作るため。
もう一つは、大魔王に苦しめられる人々を救い、世界にバランスを作るため。
異世界同士を行き来する、ダブルワークの調律者だった。
本来、調理者は一つの世界に一人が担当するのが常であったが、人手不足とか、一つの世界だけでは余裕過ぎる場合とか、調律者側の諸々の事情があって、人によって二つ以上の世界を担当することがある。
もちろん二つ以上世界を担当している者の方が、給与とか仕事上のバックアップとか待遇が良かったりする。
なので最近では、一つの世界を専門とするよりもいかに効率よく複数世界を股に掛けるかが、調律者界隈でのトレンドになりつつある。
「うーん、でも今やってるどっちの世界も、設定的には似てるんだよなあ。なるべく違うタイプの世界を経験したほうが、今後のためになるかな・・・」
世界にバランスをもたらすため、そして自分の人生のバランスも考えながら、彼らは今日も世界を渡り行く。

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