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空想お散歩紀行 推し活ハウス

午後7時30分。夕食も終わり、まったりとした空気が流れているリビングに、それを破るように飛び込んできた音があった。
「あ、当たったーーーッッッ!!」
髪が乱れているのも気にせずにその27歳の女、七海亜美は満面の笑みで自分の気持ちを言葉に出していた。
「え!?当たったの」
「お~、おめでとー」
リビングでくつろいでいた他の住居人が皆、同じように彼女を祝福した。
ここはいわゆるシェアハウス。住んでいるのは全員20代後半の同年代。全員が社会人である。
だが、一つ珍しい特徴があった。
それは男2女2の計4人でこの一軒家に住んでいるということだ。
普通こういうシェアハウス的なものは男女で住むパターンは少ない。やはり異性間のめんどくささが出てきてしまうものだからだ。
特に恋愛関係が芽生えてしまったときはその最たる例だ。
しかし、このシェアハウスに限って言えばそれはあり得ない話だった。
「当たった!当たった!」
亜美は全くテンションが下がらない様子で部屋の中を小躍りしている。
「まさか本当に当たるとはな。確率的に3パーもないんだっけか?」
雑誌を読みながら、同居人の長田幸也は亜美の強運に驚いていた。
彼女が今回見事に引き当てた幸運は、彼女が5年前から追いかけ続けているイケメンアイドルグループのプレミアムライブチケットだった。
このアイドルグループが今の彼女の「最推し」なのだ。
ここに住んでいる4人の男女。彼らはいわゆる普通の恋愛ができないという共通点があった。
その代わりそれぞれが推しを持っている。
七海亜美はアイドル。
長田幸也はアニメ・ゲーム。
そして残りの二人、内田遥翔はコスプレ。市河百花は歴史だった。
それぞれの推しを追求し、研究し、自分の好きを高めていく。そのための努力、労力は惜しまない。
互いの価値観は尊重し、むやみに踏み込むことはしない。それがここでのルール。
彼らはいわゆる恋愛は分からない。だけど彼らなりの愛は間違いなく知っていた。
推し活ハウス。ここは今日もそれぞれの愛が悲喜こもごもに溢れていた。

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